午前9時30分から、看護科3年生の高等部修了式が本校看護科校舎 3階ホールで行われました。修了生代表が、<勉強が辛いと思ったこともあったけれど、人の命を預かる看護師になるためには、みんなが通る道だと思えるようになりました。・・・実習に参加し患者さんから「ありがとう」と言われたり、その笑顔に救われ、看護師になりたいという思いがより強くなっていきました。・・・本日無事に進級できるのは、家族や先生方の協力なしではできませんでした。ありがとうございました。クラスみんなが団結し、切磋琢磨しあってがんばっていきたい。・・・」と、謝辞を述べた。退場の際、看護科生全員からの花束を、修了生1人1人が受け取りました。

 

 
 
 
 

看護科修了式 校長講話                

  突然に襲った東北関東大震災 マグニチュード9.0という世界でも4番目といわれる巨大地震、それに続く津波の被害、そして原子力発電所の事故。地震や津波による死者や行方不明の方は、25500人と言われていますし、避難所にいる方は38万人と報道されています。
 亡くなられた方に心からお悔やみを申し上げますと同時に、一人でも多くの方の無事が確認されることを願います。
 
 東北では私たちと同じように、修了式を迎えようとしていた多くの高校や看護学校が、被災しました。卒業や修了を前にして亡くなった学生もあるでしょう。
  自分の家が流されたり、家族が犠牲になっている方も、避難所や病院で仕事に従事している医者や看護師さんの姿があります。

 今朝も、原発事故で避難の範囲にありスタッフの大半が避難した病院で、残された寝たきりの高齢者の患者さんをかかえて不眠不休で頑張っている看護師さんの姿が報道されていました。

 看護師になるということは、自分よりも患者さんのことを優先して仕事をできるという厳しさがいるということであり、私たち、またあなた方にもそうした覚悟が必要だとあらためて思います。
 あなた方は、しっかり勉強して看護師になって人を助けることができます。どうか、被災地で闘っている看護師の先輩達にしっかり目を向け関心をもって自分のできること自分のなすべき事をやっていってほしいと思います。

 最初の聖書のことばですが「地の塩であれ。世の光であれ」
「地の塩」とは”自己の存在が他者を生かす”ことを意味します。
 他者と共に生き、自己の存在そのものが他者を生かすことのできる人間として、そうした看護師を目指してほしい。
 また、灯火を高く掲げることで、光の当たらない場所に光をあててほしい。人々に勇気と希望をともせるように頑張ってほしいのです。

 修了生の皆さん 4月からは専攻科生となります。
 4年5年という二年間は、これまでの三年間以上に大変な道かもしれません。だからこそ、家族や先生からの援助はもちろん 友だちの励ましも大切なものです。
 
 三月に卒業した五年生が、卒業式のあとの謝恩会で、5年間をふりかえって話していました。
 「高校の三年間では得られなかった友情をこの学校で見つけることができたこと。苦しい毎日を乗り越えられたのは、同じ目的をもってがんばる仲間がいたから、支えてくださった先生がいたからです。支えてくださった家族がいたからです。」と語っていました。
 
  互いの励まし合い助け合いほど心強いものはありません。どうか、今まで以上に友情を育み、夢の実現にむかってくれることを期待します。
  皆さんのがんばりを先輩達も先生も応援しています。
   
    後になりましたが、保護者の皆様、本日はおめでとうございます。
  皆様の支えがあって、今日の終了式が迎えられたことに対しまして感謝申し上げます。
 
  高等部を修了したとはいえ、生徒たちはまだまだ未熟です。どうか今後ともご支援をよろしくお願い申し上げます。
  これは全国的な傾向ですが、留年をしたり、退学したりする生徒が五年間で一番多いのが4年生です。
 なぜなら、これまでは親の言った道を歩いてきたという生徒も、四年になると自分というものを強く意識する時期だからです。せっかくここまで歩んできた看護への道からはずれることがないように、どうかこれまで以上に親身になって相談にのっていただき、支えていっていただきたいとお願いします。
 
  それでは、みなさんの新しい門出とこれからの新しいステージでのがんばりを期待し、私の式辞といたします。
 
     2011年3月19日     日星高等学校 校長 水嶋純作