仙台訪問団の報告を全校生徒で聞きました。映像をみながら、あらためて被災地の今を思いました。
(生徒の報告より)
仙台サポートセンターを訪問 「みんなで集めた募金です。僅かですが、僕たちみんなの復興への思いが込められています復興に役立ててください」と池田真哉人君。
がれきが撤去されたとはいえ、まだまだ手が着いていないところもあります。今、被災地に必要なニーズは、お金も物資も必要だが「人」です。」とお話を聞きました。
「お話を聞き広い範囲で大きな、津波や地震の大きさ破壊力を感じました。私たちに必要なことは、3.11を決して忘れないこと。そして、私は、被災地を支援し続けたいという気持を持ち続けたい。」と塩見有加さん。

みんなが折った万羽鶴は、閖上小学校と閖上中学校が間借りをしている不二が丘小学校に届けました。不二が丘小学校の保護者で学校装飾ボランティアをしておられる齊籐有紀さんに案内をいただき、
小学校と中学校の階段にかざってきました。校長先生にも迎えていただき、お話をきかせてもらいました。

その後、閖上地区を案内していただきました。ここでは400戸5000人のうち911名が亡くなり、120名の子どもが両親を失ったそうです。   閖上地区を見渡せる小高い日和山に登り見渡しました。
テレビで見るのと実際に見るのとでは、感じるものが全然違います。本当にここに町があったのか、家があったのかを何度も確認するほど、何にもありませんでした。

閖上小学校には、思いで探し隊やボランティアの人たちできれいにされたアルバムが並べられ、今も引き取り手のないランドセルが、暗闇の中に残されていました。
閖上中学校は、肩の高さまで津波の跡が残っており、津波の大きさをあらためて感じました。 「床も壁も泥だらけで、9ヶ月前まで学校として使われていたとは信じられませんでした。
閖上中は再建されるそうですが、校門の机に、「学校をこわさないでほしい」と「亡くなったら終わりですか」と書かれていたのを見て、なんとも言えない気持になりました。」と吉岡志乃さん。
現地に行って聞いてきたことは、「忘れないことと」「想像力をもって見続けてほしい」また支援の要は「人」であるということでした。

「震災を忘れないために一定期間募金を続けたい。また、高校生もボランティアができると聞いたので、物資を集め現地に届けて手伝いたいと思います。私たちにはまだまだできることがある。
小さな事でもやり続けたいと強く思いました。」と塩見さんが結んでくれました。
みなさんの応援に感謝するとともに、復興の支援のスタートについたという思いです。  いっしょにできることを地道にやっていきましょう。