東北から、支援レポート その2 〜 仮設訪問、気仙沼から陸前高田まで 〜

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ほぼ徹夜状態の眠気眼を、一気に吹き飛ばす風景が目の前に広がった。いつぞやかテレビに流れていた被災風景の中にいることが、自分でも信じられないくらいだ。打ち上げられた大きな船の船底横にたむけられた縫いぐるみが、まるで何かを訴えかけているようだ。

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気仙沼市から陸前高田市へ向かう。その県道を少し走り横道にそれる。やや勾配のあるうねった山路を登ると、左側に小さな仮設住宅が見えてきた。今日目指すはじめての仮設だ。もうすでに、数人のご婦人方と自治会長の大坂哲也さんが私たちを待っていてくれた。

◇ 大坂さんの話 ;
この仮設には7軒の家族が住んでいる。それぞれが2・3人ずつで暮らしている。日頃は買い物が大変です。市の路線バスか乗り合いタクシーを利用している。移動販売もある。最近はほとんど物資が来なくなった。去年の年末、山内さんらがきてくれて以来、誰も来ていない。
他の場所に住む計画はあるが、実際には実行されていない。進んでいない。自分は、家が流されて諦めもつくが、福島の人たちは、家があるのに帰れない。かわいそうだ。

◇ 60歳女性の話 ;
下の海岸から避難してきた。昔から地震がきたら逃げろと言われてきた。50軒ほどあるが、全員助かった。半農半漁。これから、何もわからない。少しも見通しがない。国会で、きのう、復興の言葉を聞いたが・・・・・・

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はじめての仮設住宅訪問を終えて、安堵感を抱きながら、途中ガソリンスタンドに立ち寄る。そのスタンドの裏側、土地の一区画が異様に赤茶けているのに気がついた。どうしたことだろう。その反対側に目をやると、雨ざらしの金属片らしきものがうず高く放置されている。推測だが、その金属のサビが道路を隔てて流れ込んでいるのではないか。こんな光景を見ていると、土地の再生など到底考えられない。”がんばろう!! 陸前高田” の看板を横目に、次の仮設住宅に向かう。放置された学校やガレキが山のように積まれている。またしばらく走り、県道をそれると、そこに小さな仮設住宅があった。二つ目の訪問である。

わざわざ仕事を中断して来てくれたのだろうか、額に汗をかき作業着姿の会長さんが私たちを迎えてくれた。震災の日、避難所に逃げたが波がまた襲ってきた。そして多くの仲間を失った。ここは、8軒25名が避難している。大きなクスノキに覆い尽くされそうに、その仮設はあった。”夜中になるとドングリが落ちる音がする”と会長さんは言う。静かで良いのかなと思ったら逆だ。”日当たりが悪い、アリが列をつくって家に入ってくる・・・”厳しい環境だ。今回私たちは、提供していただいた様々な物資を持って行ったが、調味料など日常的によく使うものが喜ばれた。”衣料品など半ば強制的に送ってくる時がある、もちろんありがたいが、合わない場合が多い”と言う。会長さんの今の希望は、高台に住むことだそうだ。高台に住む申請はしているが、役所が動いてくれないのが悩みの種だ。先の見通しが全くつかないと嘆く。ここは集会所もないくらいの小さな仮設住宅。みんなで話す時は、駐車場での青空会議になるそうだ。最後に、87歳のおばあちゃん、”膝まで水に浸かって逃げた。そして、生きてしまった・・・” この言葉の意味は重い。

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高校野球京都大会速報

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5対1で洛星高校に勝ちました。 応援ありがとうございました。 二回戦は15日9時西京極わかさスタジアムです。 http://www.kbs-kyoto.co.jp/highschool_bb/fin_game_score.htm?day=120708