生徒会の呼びかけで15名の生徒たちが今回の被災地復興支援ボランティアに参加しました。7月13日から16日の中二日間、三つのグループに別れて、宮城県と岩手県でそれぞれ活動しました。その報告会が20日の終業式で行われました。今日は、その一つ米川での活動報告です。報告者は普通科三年の高橋さんです。

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「私たちは、宮城県の米川をベースにボランティア活動をしている南三陸町に行きました。この町は交通の便が悪いため、他の地域より復旧も復興も遅れています。私たちが車窓から見た風景は、ガレキの山や鉄筋がむき出しになってたままの建物、雑草の生い茂った家の土台・・・。それは復興とはほど遠いものに感じました。私はこの風景を写真に撮ろうと思いましたが、撮れませんでした。この場所、この町自体が、遺族にとってはお墓なのです。とても写真を撮れる状況ではありませんでした。
南三陸町での活動は、ガレキの撤去,漁業の網切り,お茶っ子と呼ばれる仮設住宅訪問でした。ガレキは、普段私たちも使っている衣服,家具,電化製品などの日用品です。これらは被害に遭った方々にとっては、決してゴミではなく、大切なものです。ですから一つひとつていねいに分別しました。活動が終わろうとした時、近くのガソリンスタンドの方から『自分たちでやろうとしても、中々はかどらない。今も雨が降ると浸水して困っている。皆さんにこんなにきれいにしてもらって涙が出そうになった。ありがとう』と言われました。私は本当に嬉しかったし、雨の中泥だらけになりながらやってよかったと思います。
漁業の網切りは、網と網を結んでいるひもを切り離す活動です。今は、イワシ漁の時期ですが、その網がまだないので漁に出ることができません。漁師さんは『いつまでもボランティアの人達の力を借りずに、自分たちの力でやりたいと思っているが、漁にもでられない状況では、生活さえも苦しく、今はこうして頼るしかない・・・』と言っていました。漁師さんの前向きに一歩を踏み出そうとしている気持ちを強く感じました。
仮設住宅訪問は、被災された方々が部屋に引きこもったり、うつ病にならないように、お茶会を開いてコミュニケーションをとる活動です。被災された方々は『何も聞かないで、ただ私たちの話すことを聞いてほしい』と言われました。震災のことは思い出したくないけど、伝えたいという気持ちが伝わってきました。
現地では、今も100人以上の方々が行方不明のままです。スタッフの方々がボランティアとは何かを教えてくださいました。『力になりたい気持ちも大切だけど、実際に現地に来ることが大切』・『3.11のことを風化させないでください』・『あなたたちの街で何か起こったら、必ずボランティアにかけつけます』
テレビや写真では伝わらないことが被災地にはたくさんあります。私たちは二日間しか被災地にいなかったけど、実際に行ってみてたくさんの方々から逆に勇気と笑顔をもらいました。ボランティア活動は、何かをここまでしなければならないというノルマはありません。だからこそいろいろな活動があり、復興するまで長い支援が必要です。この思いを皆さんに分かってもらえたら嬉しいです。」

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