12月14日・15日、生徒3名と職員が宮城県石巻市を訪問しました。その際に体験し感じたことを19日に生徒全員に報告されました。

以下、その報告内容です。

◆石巻には、6~7mの津波が押し寄せてきたそうです。その津波は多くの人々や家屋などを次々に飲み込んで行きました。撤去されている家屋もたくさんありましたが、門脇小学校は未だ撤去されておらず、そのままの状態で残されていました。私たちはその門脇小学校を訪れ、日星高校の生徒全員が思い込めて作った千羽鶴を捧げて祈りました。その小学校は、外形はしっかり残っていましたが、三階までの窓ガラスが割れ、ほとんど枠だけの状態でした。校舎の中の物は散乱し、三月十一日当初のままの状態で、その場所だけが時が止まっているかのようでした。見ているだけでも津波の恐ろしさを改めて思い知らされました。その後、小学校の近くにある老人ホームを訪問しました。そこは津波の影響で今でも満潮期を迎えると海水が流れ込み、海の中に老人ホームが建っているようでした。その光景を見て様々な感情が入り混じり、ただ見ていることしかできませんでした。

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翌日、閖上地区を見て回りました。そして日和山へ行ったとき、そこからの景色は何となく枯れた草が草原のように目の前に広がり、所々に家の塀が少し残っていました。私は、その景色を見て呆然と立ち尽くしているだけでした。日和山の下には、震災前後の閖上の写真が貼ってありました。それらの写真を見比べると、震災前の密集した家並みが信じられないほど震災後は跡形もなくなっていました。そこに住んでいた人達の家が流されたことを考えていたら言葉をうしなってしまいました。

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日和山のあとに閖上中学校を訪ねました。校舎の前に慰霊碑がありました。そこには震災で亡くなった十四人の生徒の名前が刻まれていました。十四人の中には、私と同じ年の方が何人もいることを思うと、心の底から悲しみがこみ上げてきて、涙が止まりませんでした。あの震災がなければその生徒たちや閖上の地域の人々も夢に向かって生きていたはずです。このような大切な命を多く奪った震災は、これからも忘れてはいけないと思います。しかし、最近では新聞やテレビでの報道や特集が徐々に減ってきていると思います。このような震災があったことを忘れてしまわないように、生徒会の募金活動やボランティア活動を通じて広めていきたいと思います。(1年井口さん)