【ミサに先立つ校長講話  復活と創立記念日によせて】

皆さん、今日は、キリスト教の大きな記念日である復活祭と本校の創立を祝うミサの日です。                                                                キリスト教の教会では、復活祭・イースターを祝う日は4月20日でしたが                                                                         本校の創立記念日である5月1日といっしょに今日はお祝いします。

今日は3つのお話をします。
一つは「犠牲」について
一つは、「復活」について
最後に、「日星高校の歴史」についてです。

では、まず初めに、復活のテーマである「犠牲」についてお話しします。

犠牲の一つの意味は、「災害などで亡くなったり負傷すること」です。
3年前の東日本大震災では多くの方が亡くなりました。
また最近では韓国でフェリーが沈没し乗っていた修学旅行の高校生が犠牲になりました。まだ行方不明の方もたくさんおられます。
だれも、今から1時間後に津波がきて死んでしまうとか、乗っている船が沈んでしまうなんて思っていません。けれど死は突然にやってくるのです。
ならば、せめて、そうした犠牲になった人々のことを思い、心を痛めること、その悲しみや苦しみを分かち合いたいと思います。                                                                      それが「人と共にあること」なのです。そうした哀しみや苦しみの深さにふれ、私たちの当たり前の毎日が大切に思えてきます。

犠牲のもう一つの意味は、辞書によると
「ある目的のために損失となることをいとわず、大切なものをささげること。」とあります。                                                                              人々の幸せや人を大切に思い、自分のもっている大切なものを相手のために使うこと。それはものかもしれませんし、時間かもしれません。
私たちも募金をします。自分のお金を出すけれども、その僅かなお金が、少しでも役にたてばくれれば、心が満ち足りますね。
大切なものを与えること、差し出すことで、私たちもまた大きな幸せを得ることができるのではないでしょうか。
今日みんなが書いた「いい行い」も祭壇に奉納されますが、それもまた、誰かのために捧げられたみなさんの真心だと思います。

みなさんの「いい行い」の具体的な例として、先日あったことをみなさんに紹介します。
4月24日 夕方、日星のスクールバスが、赤ちゃんの乗っていたベビーカーと接触するという事故を起こしました。                                                                     幸いお母さんも赤ちゃんも、けがもなく元気でおられました。事故はあってはならないのですが、生徒のみなさんにもけががなくてよかったです。
お母さんのお家にお見舞いに行かせていただいたときに、こんな風に言ってくださいました。
「事故が起こったときに、バスに乗っていた女子生徒さんが、救急車をよんでくれました。
その生徒さんは、救急車が来るまで、そばにいてくれて、私に「大丈夫ですかと」声をかけてくださり、また赤ちゃんのことも気遣ってくださって、それでずいぶん落ち着きました。本当に感謝しています。」と
事故が起こったとき、事故に出くわしたときには、なかなか動けないものですが、そんな風にさっと行動できたことは本当にすばらしいと思います。
そうした一人の生徒の行動によって、お母さんの事故を起こした日星高校への気持ちも収めていただくことができたと思っています。本当に嬉しかったです。

日星高校の建学の精神は「小さき者とあれ」です。
神様からいただいた大切な命。自分のいのちを大切に思うように他者のいのちも大切にしていく。それがキリスト教の教えです。
「人と共に」「人のために」行動できる人を目指しています。
それが、このような行動となって表れたことを大変嬉しく誇りに思います。
皆さんもそうした仲間がいることを誇りと自信にして学校生活を送ってください。そうした皆さん一人一人の行動が、新しい伝統をつくっていきます。

次に「復活」のお話にうつります。                                                                                                          復活とは、よみがえりです。スポーツでも敗者復活戦は、一回破れても、もう一回生き残るチャンスがありますね。

新学期が始まって一ヶ月がたちました。みなさんのスタートはいかがでしょうか。順調にいっている人、こんなはずじゃなかったと壁にぶつかっている人もいるでしょう。
私たちの生活や目標実現のプロセスではうまくいかないことや失敗もあります
現実の厳しさの前でひるんでしまいがちです。だけど諦めないでください。

私たちにはモデルがあります。
いつもいいますが、日星高校とつながっている東北の被災地の多くの仲間達。
同じ高校生が、家族や友だちを失ったり、家や大切にしていたものを流されながら、全てを失ったその場所で立ち上がり頑張っています。
そこでの困難を考えたならば、私たちは恵まれています。
弱音をはいてはいてはいられません。

キリスト教の「復活」は、イエスが私たちのすべての罪を背負って、死んでくださった。                                                                              そして、皆が悲しみにうちひしがれているときに、イエスは3日目に死者からよみがえりました。                                                                            と聖書にはかかれています。絶望から希望を生み出したのが復活なのです。
「そんなの信じないよ」って言う人もふくめて、「人生には希望がある」ことは信じて前を向いて歩いて欲ください。
秋に葉っぱが落ちて、枯れてしまったように見える木々から、春になると新しい葉が出てきて、花をさかせますね。私たちは、そこによみがえりと命を感じます。
「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。死なば多くの実を結ぶべし」という聖書の言葉があります。
種は、そのままだと1粒に過ぎないけれど、それが土に落ちて死ぬことによって、新たな芽が出て、多くの実を結びます。

死と復活もそういう意味をもっています。
勇気も希望も目には見えません。けれど、希望は苦しみから私たちを立ち直らせてくれます。
イエスの死と復活、その精神を受け継ぐためにミサがあります。
ミサのことを感謝の祭儀といいます。

みなさんの新たな生まれ変わり、私たちの復活への希望を願ってミサに臨んでほしいと思います。