吹奏楽部、客船ロストラル号出港セレモニーで演奏

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皆さん ありがとう!

ご苦労さんでした・・・

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榛葉 健さんの写真
榛葉 健(映画「うたごころ」で被災地の高校生を描いた監督です)
彼のfacebookからの転載です。
【同じいのちがそこにある】
画像は、ネパール大地震で未曽有の被害が出ているカトマンズの南隣の旧都パタン。手前の建物は、映画「with…若き女性美術作家の生涯」の舞台で、スラムの肥大化に伴って校舎を増築した際の工事でサポートさせて頂いた、福祉小学校の校舎です(2003年撮影)。その奥には狭い敷地に建て増しを繰り返す家屋がぎっしりとあります。一般家屋は、骨組みの弱いまま、上へ上へとレンガを積み上げて増築する手法で、耐震構造など全くない状態の建屋が多いです。現在、判明した犠牲者は4400人、被災者は800万人とのこと。通信手段もままならない場所も多いですから、被害の拡大が懸念されます。ネパールで何度も取材してきた身として、自分も含めた日本のメディアに、ぜひこの機会に意識しておきたいことを僭越ながら書かせて頂きます。
大災害が起きた時、日本の各メディアは、欧米先進国の被害であれば大きくニュースに取り上げ、アジアやアフリカの災害は、扱いを小さくする傾向があることをこれまで何度も繰り返してきました。
近くに特派員がいるかいないかなど色々な背景はありますが、扱いの差は結果として、途上国の災害被災者への救援活動や募金などの関心の高まりを小さくしてしまうことにもつながりかねない、「無意識下の差別感情」だと感じてきました。
かつて10万人が犠牲になったインド洋大津波の時、ある全国ネットの放送局の初動のニュースは、「その他ニュース」の扱い、30秒でした。
アジアも、先進国の人々も、そこに生きる人の命の重さは変わりません。経済的なつながりの大きさだけではない、「命の視点」でニュースを作る姿勢を、今こそ発揮すべき時だと考えます。
そして、メディアからの情報を受け取る側の日本中の人たちもまた、「地震の痛みを知る一人一人」として、それぞれにできることをしていきたいものです。
共にできることを、していきましょう!

(2015年4月27日)
明日5月1日は、阪神淡路大震災の年から20年間、神戸市長田区にある鷹取教会で被災者と共にあり町の復興のために歩んでこられた神田神父さんの講話とミサがあります。(9時より)

たくさんの鯉のぼりが泳いでいます

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学校近くの天清川、今年もたくさんの可愛い鯉のぼりが泳いでいます。

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季節ですね・・・

創立記念ミサに向けて、聖歌練習中です

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今週末の5月1日(金)、本校創立記念ミサが行われます。
昨日、本日とそのための聖歌を一生懸命練習しています。

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素敵なハーモニーになりました・・・

復活と創立記念に寄せて

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(校長講話)

新しい年度が始まって一ヶ月がたちました。みなさんのスタートはいかがでしょうか。順調にいっている人、こんなはずじゃなかったと壁にぶつかっている人もいるでしょう。
私たちの生活や目標実現のプロセスではうまくいかないことや失敗もあります
現実の厳しさの前でひるんでしまいがちです。
でもしっかり学習に向かっていってほしい。
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今日は、2つのお話をします。
1つめは復活、2つめは創立記念についてです。

まず、「復活」のお話から。

聖書によると、イエスが私たちのすべての罪を背負って、十字架にかけられ殺された。墓にいれられたが、イエスは3日目に死者からよみがえった。とあります。これが復活の物語です。

まず、復活祭、イースターがなぜこの時期なのかというと、
ヨーロッパのドイツやイギリスなど春の訪れを祝うお祭りと、キリスト教の過ぎこしの祭りが結びついたとあります。

秋に葉っぱが落ちて、枯れてしまったように見える木々から、春になると新しい葉が出てきて、花をさかせますね。私たちは、そこによみがえりと新しい命を感じます。その様子が、十字架で処刑された後に復活したとされるイエス・キリストのイメージと重なり、イースターとして祝われるようになったそうです。

人々に「絶望から希望」を与えるのが復活の物語だとするならば、私たちもまた、キリスト教の「復活」。復活を祝う復活祭にあやかって希望をいただこうではありませんか。
イエスは、聖書の中で次のように言っています。
「一粒の麦、地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。死なば、多くの実を結ぶべし」
種は、そのままだと1粒に過ぎないけれど、それが土に落ちて死ぬことによって、新たな芽が出て、多くの実を結ぶという意味です。

アンドレジイドという人が、「一粒の麦、もし死なずば」という自伝的な小説を書いたのが1921年(日本の大正時代)です。

昨日、NHK大河ドラマ「花もゆ」を見ていました。
江戸時代の末期に、安政の大獄で吉田松陰が、打ち首になるのですが
弟子に残した書の中に次のように言っています。

「死を前にして心安らかです。私も実りの時を迎えたからです。
私のこころをついでくれる人がいたら、私の実は空ではない。
どうか、一粒の籾として、次の春の種となれますよう。」

「吉田松陰は、死して尚、生き続ける」とナレーションしていました。

この死が、幕末の志士たちに影響し、やがて明治維新を生んでいく原動力となっていきました。
これも一つの復活ではないでしょうか。

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聖書では、イエスの身体がよみがえって弟子たちの前に現れた。とあります。
教会では、「神は生も死も司る。」と教えています。

イエスの復活もまた、超自然的な出来事として語ります。
そして、全ての人が、最後の審判の時に、死者の中からよみがえるとしています。

イエスという方は、
自分の命が他者を生かすものであり
自分の死さえ、他者を生かすものであると信じて生き、十字架上でなくなった方である。
ということを知っておいてほしいと思います。

「イエスは永遠の命であり、見えないけれどおられる」
勇気も希望も、愛も信頼も目には見えません。
見えないからないのではありませんね。
本当に大切なものは目に見えないのです。

イエスの死と復活、その意味を受け継ぐためにミサがあります。

私たちの新たな生まれ変わり 復活への希望、生かされていることへの感謝の気持ちをもってミサに臨んでみませんか。

きっとそこに新たな自分の生まれ変わり、私たちの復活への希望をいただくことができるのではないでしょうか。

バドミントン インターハイ予選両丹大会

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5 開会式

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拍手で応援する新入部員の姿も
四方・千原組がダブルスで、四方はシングルスも府下大会出場が決まりました。
29日にも続きの試合があります。(東舞鶴高校にて、9時より)

土曜講座が始まっています。

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特進コースは、スーパーティーチャーによる土曜講座が開講されています。
英数国それぞれ、金曜の午後も含め2時間ずつがんばっています。

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