7月26日〜30日まで東北に行きました。私がこのボランティアに参加しようと思った理由は、新聞やTVで観たり、聞いたりする情報だけでなく実際に行って自分の目で今の東北の状況を見たり、現地の人の話などを聞いたりして、自分には何ができるのかを考えたかったからです。当初、南三陸の米川べースについた時に、私はまだ被災地に来たんだという実感がありませんでした。その日の夜に翌日の役割決めと「分かち合い」をしました。実際に現地へ行き、活動をされた方の話を聞いて明日私にできることを一生懸命しようと思いました。

翌日の27日では、yes工房という手作りで物を製作されている所へ行きました。  yes工房は、震災直後の混乱の中で、町が活気づくためには生き生きと働ける環境が必要であると、雇用促進・地域振興のために設立されたと聞きました。ここでの活動は、yes工房は、発祥のオクトパス君という南三陸町志津川湾の名産品のタコをモチーフにした合格祈願の ”置くとパス” する文鎮の製作のお手伝いと、木工商品で出た木の余った型で灯籠を製作するお手伝いもしました。物作りを通して復興のお手伝いができてよかったです。

28日は、在京でネギの苗をまっすぐに植えるのと、大きな石を取り除く作業をしました。この日は、とても暑く日差しも強かったのですごく汗をかきました。ボランティアではたくさんの人数で行って作業をそました。普段はもっと少ない人数でやっていると聞きました。暑い中、少人数でのこの作業はとても大変なだと思いました。畑の先の山に家が2軒建っていました。その2軒は、津波で残った家だと聞きました。今畑になっている所にも家があって、それが津波で流されてしまったと考えると、津波はとても恐ろしい物なんだと改めて思いました。

29日は、漁業をされておられる所へ行きました。ここでは、ホタテを収穫するロープのトゲとゴミの取り除き作業をしました。1本のロープはとても長く、トゲを取り除くにはニッパーでとらなくてはなりません。とても硬く、時間がかかりました。ゴミもゴム手袋でていねいに取り除いていきました。ロープを入れたカゴ一つを終わらせるのに1日かかりました。普段はこの作業を2人でされているそうです。

30日は、閖上の記憶が・日和山・美田園 わかば幼稚園へ行きました。「閖上の記憶」という所は、閖上中学校から遺族会が建てた慰霊碑の社務所です。建物の中には、名取市閖上地区震災前と震災後の写真が大きく飾られていました。実際の震災の様子の映像も観ました。たくさんの家や車が凄いスピードで流されていく様子や、人々の悲鳴などが映っていました。震災では601名のかたがたが亡くなり、行方不明の方々は223名と、とても大きな被害がありました。震災により犠牲になった方々が天に昇っていくイメージを表すとともに、震災を克服し、復興に向けた決意を新たにする気持ちを込めた慰霊碑もありました。私はこのボランティアに参加する前は、ただ黙々と作業するだけなのかなと思っていました。ですが、実際におこなってみると、現地の人とお話しして、震災の話を聞いたりたのしく会話したりしながらボランティアをすることができました。

今回のボランティアで初めて知ったこともあったし、現在の東北の様子を知ることができました。また、震災に対する考え方や、東日本大震災に対する考え方や、見方が変わりました。2011年3月11日のしんさいから4年が経ちました。4年経った今でも完璧に復興した訳ではなく、今でもまだ震災の爪痕は残っています。私達にできることはたくさんあります。1日でも早く復興できるように、自分にできることを今後もしていきたいです。