今回の東北ボランティアは、私としては初めてで、勝手がわからない中での作業や生活でした。東北地方も初めてで、TVの中で見たどこか遠い場所のように思っていました。飛行機や車での長時間の移動が余計にそう思わせたのかも知れません。車の窓から見た景色は舞鶴に少し似ていて、しかしその暑く乾いた」風はやはり違っていました。

三日間の活動で私はそれぞれ別の支援をさせていただきました。先ず1日目は、畑にネギの苗を運びそれを植えるという農業支援でした。場所は在郷という山と川が近くにあるところで、じりじりと照りつける日差しの中、休憩をはさみつつ行いました。畑の土はゴツゴツと大きな岩ばかりで、それを手で除きながらの作業でした。「手で取るより機械で取った方が早いじゃないか」、私達の疑問を察してか、スタッフの方がこう説明してくださいました。畑に沢山石があるのは、もともと山の土を持ってきたから、機械でやると一枚50万円の刃が一瞬で駄目になってしまうこと。私はその説明と農家の方のお話や指示を、ただ何も考えずに作業することで理解しようとしました。

2日目は荒砥仮設にお邪魔してそこに暮らすおばあちゃん達と「お茶っこ」をしてきました。そこでお話を聞いていたおばあちゃんのお孫さんとも仲良くなりました。午後からはスタッフの方が運転する車での気仙沼視察でした。その方の案内でこの建物は高等学校の校舎で一度も使われることなく今でも残っているとか。大きな石碑だけがポツンとある場所を歩きながら、ここは住宅地で一面家々が建っていたけれど、そのせいで海が近くにあることに気づかなくて沢山の人が犠牲になった場所の一つだとか。そういった当時の状況が津波が来た前後の違いや今後行われることなどをはなしていただきました。その淡々とつむがれる言葉と今私の眼前に広がる景色のギャップにただ黙っているしかありませんでした。その言葉は、これから何年もの月日が過ぎる中で風化されないようにという思いのこもった重いものでした。

3日目は、養殖されたカキの洗浄・選別の支援でした。素人の私達にも丁寧に教えて下さったおかげでスムーズにケガなく作業することができました。皆で黙ってカキに向き合う真剣空気はとても心地よいものでした。すぐ目の前の海から吹く風は、独特の匂いがして普段とは違うものに胸をおどらせます。昼食は、近所に住む漁師さんのお宅でカキ汁などをいただきました。この舞鶴では味わうことのできない味と匂いに感動しました。

この三日間のボランティア活動を通して、私は人と人とのコミュニケーションの大切さを学びました。たとえ同じ日本人でも住むところが違えば言葉や文化も違います。それを理由に関わることをないがしろにすることは、経験の場や学習の場を失うことと等しいのです。学習の場を失えば人間として薄っぺらものになってしまうかも知れません。そして、津波による災害も人と人とのつながりで乗り越えられるということも、地域住民や外部のボランティアの方々とのコミュニケーションが大切だと訴えているように思えます。ただでさえ隣の人間同士のつながりが薄れてきたこの日本社会でおいて、大切なことがあの東北にあった気がします。