ジャリル・スルタノフ氏が来鶴されました!

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ウズベキスタンにある日本人抑留者資料館の館長、ジャリル・スルタノフ氏、およびそのご家族が、外務省の招聘事業により引揚記念館を訪問されました。そこで行われたスルタノフ氏による講演会に特進コース1年生が参加してきました!

旗を持ってスルタノフ氏を迎えます。

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スルタノフ氏と、タシケント市のナヴォイ劇場建設に実際に従事された新家氏が出会われます。

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その後、スルタノフ氏と新家氏による講演があり、日星高校生も質問をしていました。

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1966年に起こったタシケント地震では、日本人抑留者が建てた建物は倒壊せず、タシケント市民の避難の場となり、命を救いました。そして、現在でも当時の建物は残っており、現役で使われています。それらの建物は現地の人たちにとって、「日本の象徴」として認識されているとのことでした。スルタノフ氏は、抑留の歴史を後世にも伝えていきたい、とおっしゃっていました。

 

その後、1年生と同い年のスルタノフ氏のご令孫が、「ウズベクダンス」を披露。1年生が日本のお菓子をプレゼントしました。

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DSC06609市長さんともいっしょに

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最後にスルタノフさんは中高生に向けて、「自分の国の文化・遺産を大切に、ふるさとに愛情を持って、自分の道を進んでいってください」とメッセージを送られました。

ウズベキスタンにおける抑留の歴史について学ぶ、良い機会となりました。

お孫さんによるダンス、いっしょに写した写真
こうした若い人同士の交流がひろがっていくことを願います。

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ウズベキスタンに抑留された日本人

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オペラ劇場、水力発電…日本人抑留者が残した遺産 語り継ぐウズベク人

 首都タシケントには、日本人抑留者が眠る墓地がある。シベリア抑留者のうち、約2万5千人がこの地に連行され建設工事などに従事した。

 ジャリル・スルタノフさん(70)は、日本人抑留者たちの歴史を伝えようと1998年、墓地近くに資料館を開き、個人で運営を続けている。「子供のころ、友人の父親から日本人抑留者のことを『遠くの国から連れて来られたにもかかわらず勤勉だった』と聞かされて日本人に興味を持った。また技師として働くようになったときに、日本人の技術の高さにも魅せられた」と話す。

 ウズベキスタンが誇る最高級のオペラ劇場「ナボイ劇場」の建設に日本人抑留者が携わったことは当地では有名な話である。しかし、水力発電所や工場、学校の建設など日本人が携わったことが忘れられてしまったものも数多くあった。

 ソ連からの独立を機にジャリルさんは日本人ゆかりの収容所や墓地などを巡り、当時を知る人から聞き取り調査を行った。明るく勤勉で、手先の器用だった日本人に懐かしい感情を持っている人は少なくなく、「ウズベキスタンのために頑丈できれいな建物を建ててくれた」と感謝の言葉を述べていたそうだ。(ネットニュースより)

そのウズベキスタン日本人抑留者資料館館長 スタルノフ氏が24日来鶴

『君よ生きて」トークライブ

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ちらし

下村先生がんばっていますね!

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去年、日星高校で音楽を担当していただいた下村先生 「演奏家になりたい」との夢の実現のために京都に戻りました。こうして元気に活躍されていることうれしいです。みなさんで応援をお願いします。

 

「杉原千畝」

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tiune
こうした外交官がいた!
日本の日本人の誇りです!
是非みてほしい映画。

21年目の1.17(3) 

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311 2時46分にも黙祷 東北から運んだ雪で「地蔵さま」が並んでいました。
竹灯籠には、被災にあった市町村の名前が

21年目の1.17(2)

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神戸東遊園地での慰霊の集い

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