宗教講話第4回

今日は、10月3日、学校の暦では、後半の6か月の始まりです。みなさんも衣替え

 宗教講話第4回目 聖書の言葉から始めましょう。

グランド前の掲示板に7月からずっとはってある言葉

「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」(ピリピ3:13-14)

その前の節に

「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。」とあります。

 これは、パウロさんがピリピの信徒へ出した手紙ですが意味は

「私は、神様をとらえた、信仰が完成した、自分は完全な人間だなどと思ってはいません。イエスはあなた方をとらえてくださっています。神は、あなた方をつくり、あなたがたを愛し、導いてくださっています。けれど、わたしたちは未完成です。

私は、神の栄冠をえるという、ただ一つのことに、ただ一つの目標にむかって過去にとらわれずひたむきに、心を一つにして進んでいるのです。」

  このことを、わたしたちの学校生活に引き付けて翻訳してみましょう

 「あなたがたよ、あなた方の生活がそれでいいなんて考えてはいけない。もっともっと自分を磨き、自分の立てた目標に向かって、一生けん命に進みなさい」

「後ろのもの」を数えあげればきりがありません。「ああすればよかった、もしこうしていれば・・」と反省はいいのですが、それは人生を前に行かせる原動力となりません。

 わかりやすい例をあげますと「好きだった人がいて」その人にふられたということってありますね。その時にどんな風に考えるかで人生は変わります。

いつまでも過去を引きづっていると「自分はだめだ」となってしまいますし、新しいチャンスにも気づかないです。ひどいときは、ストーカーになって、相手を傷つけるなんてこともありますね。

勉強でも、進学や就職でも同じです。

他人と過去は変えられません。もう一度、「自分はなんのためにここにきたのか」「こんな夢持っていたな」ってことを思い起こすのです。

そうして高い目標に向って、ひたむきに一心に走るのです。努力をするのです。

 3年生も進路が決まった人がいます。それは、これまでの努力の成果ではありますが、ゴールではありません。看護の人も国家試験に合格をすることが、目標ではありません。試験に合格、進路決定は、「やっとスタート台に立てた」ということにすぎないのです。

 さて、前回、パラリンピックのお話をしましたが、実は、日星高校の卒業生で、耳が聞こえないというハンディがあるにもかかわらず、卓球の世界大会で金メダルをとった上田萌さんという女性がいます。日星を卒業した後、卓球の名門、東京富士大学に進学。普通の大学生といっしょに卓球をがんばりました。

萌さんは、聴覚障碍者のオリンピックであるデフリンピック、4年に1回の世界大会に2回出場し、2009年には惜しくも2位。その悔しさを乗り越えて2013年のブルガリア・ソフィアの大会で悲願の優勝を果たしました。

この5月の読売新聞(7・8・9日)に3回連続で掲載されていました。

9月の日星ブログにも載せておきましたので読んでください。

  新聞から少し紹介します。情熱大陸風にいきましょう。

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上田萌は、現在25歳。私が日星高校に来た10年前にちょうど高校1年生。

上田は生まれつき耳が聞こえない。

 卓球を始めたきっかけは、4歳の時、元々卓球をしていた兄の試合についていったときに、一つ年上の あの福原愛選手、5歳の泣き虫愛ちゃんの試合をみた。楽しそうに球をうつ愛ちゃんの姿が目にやきついた。そして家へ帰って早速お母さんのラケットを握った。

 卓球選手にとって、耳の聞こえないことは大きなハンデになる。ラリーが続けば続く程、音による反応ができない。しかし、上田は、その分 人の何倍も練習に励んだ。小学校6年で全国大会に出場しベスト8に、中高でも全国大会を経験。健常者と戦っていた。

 毎朝、授業が始まる前に体育館のカギを開け、一人でも腕を磨くことができるサーブ練習に汗を流した。放課後も練習が終わった後に自主トレーニング。真摯な姿勢は大学に進んでも社会人になっても変わらなかった。

 大学時代には勝てない時期が続き何度もやめようかと迷った。しかし、歯を食いしばって続けた。

そして卒業後、卓球実業団の中でも最も有力と謳われる「日立化成」に障害をもつ人として初めて入団した。人の何倍もの練習、苦しさに耐え、2013年についにデフリンピックでの優勝を勝ち取った。

上田には聴覚障害者ならではの特技がある。

音が聞こえなくても、「唇の動きを読み取ることで相手の言っていることを理解する」いわゆる読唇術。手話もできるが、みんなが手話をしてくれるわけではない。普通に生きていけるようにとお母さんが子供の時から厳しく指導し、身につけていった。

 萌さんが、高校3年生の卒業を前にしたある日、原稿用紙15枚に自分の心のうちを書いて、クラスメートの前で読み上げたことがあります。私も廊下で聞いていました。

 「みなさんは、音のない世界を知っていますか?私の声はどんな色?友達はどんな色の声で話しているのだろう。想像してみるけどわからない」

  学校生活になじめない時間、高度の難聴で補聴器をつけていても聞こえないし、口の動きで会話を理解していたので、友達との話でも何人もがいっぺんにしゃべると、言っていることが分からない。楽しそうに会話をする友達の輪の中で、愛想笑いをする自分に嫌気がさしていた。

 授業でも、先生が黒板を向いて説明すれば、口の動きが見えないので全く内容がわからない。勉強は遅れがち、ハンディをもった人への理解がないと感じていた。疎外感におしつぶされそうだった。学校であったことをお母さんに話し、悔しくて親子で毎日泣いていた。

私たちの前ではいつも笑顔でしたが、そんな風にかんじていたことを知りました。

当時、卓球部が練習していた体育館の壁に「打倒、日星」と書いてあった意味が今はわかります。

作文には「みんなの前で読むのははずかしかったけれど、悲しいだけの高校生活を変えたかった。」

「もし、耳さえ聞こえていたらこんなに苦しまなくてもいいのに。でも私はどんなにがんばっても、一生自分の耳で人の話をきくことはできない。みんなと同じ音がほしい。」

 上田の発音は聞きにくいことも多くありました。けれど、クラスのみんなは、彼女の思いをしっかりと受け止めていました。

 どんなにつらくても、ラケットを握らない日はなかった。小さな白い球に集中することでその時間だけは悔しさを忘れた。そして確固とした目標だけは失わなかった。

 「私にできることはただ一つ、やっぱり卓球をがんばり続けること。聞こえる選手と対等に戦える選手になることで、ハンデがあっても、努力次第で克服できることを証明したい。」

 「私が頑張ることで、耳が聞こえない人に勇気や希望を持ってもらえたら。そして、ろう者と健常者を結ぶ架け橋になりたい」。その気持ちが、厳しい練習にも耐えられる心の芯となった。

春に舞鶴に帰ってきて一条卓球教室の後輩に次のように言っている。

「なんでもいい自信が持てるもの努力できるものをみつけて精一杯がんばろう。」

 私もこの記事を読んで改めて、萌の苦しさと頑張りに学んだ。

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僕らもまた、困難に出会ってもあきらめず、高い目標を設定し努力しよう。

 同じ野球をやっている高校生にどうしたら勝てるかを私もずっと考えていた。それは目

標の違いではないかと。日星野球部の目標は「甲子園に行く」ですね。

しかし、夏の大会で日星が敗れた塔南高校や秋の大会で敗れた成美や翔英高校野球部の

目標は何か。

それは、きっと「甲子園で優勝すること。」個人では、「プロ野球の選手になる、いや大リーガーになる」なんですきっと。イチローは5年生の時からプロ野球の選手になるって決めていた。

 一つ上の目標に向かって走っている人たちに追いつくためには、今をつきぬける目標をもつことではないだろうか。そしてその目標に向かって人の倍練習すること。そうした不断の努力が栄冠につながるのだと思う。

 大学進学も同じだ。

東大京大を目標に置くから、神戸大に合格できる。関関同立に目標を置くから産近仏龍に届くのですと奥山先生は言います。

一つ上の目標、高いところをしっかりと見据えることの大切さを思う。そして、その目標に向かって、ひたむきに努力をし、一心に走るのです。

  わたしたちは、すでに神様にとらえられている。そのことに気づき、高いところへ向かって一心に走り続ける、そんなクラスに学校にしていきましょう!