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宗教講話 祈りについて

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宗教講話6月

早いもので体育祭から10日がたち、あと2週間で期末テスト、あと4週間で夏休みに入りますね。
体育祭では、みなさんの素敵な笑顔に一杯出会いました。

私の印象に残っているものとしては、一生懸命に頑張っている人に惜しみない応援をした姿でした。
女子1000mで最後になった人といっしょに色を超えゴールまで応援しながら走った人。ゴールでもそこにいたみんなが拍手をしていました。俵上げでも、競技者を囲むようにしてみんなで応援していましたね。

また、長倉先生にお聞きしましたが、朝、教室に入ると「頑張ろう」とクラス全員の名前が黒板書かれていたそうです。少し長く学校にこられなくなっている人の名前もちゃんとあって「感動した」と先生は話してくれました。きくとクラスのリーダーさんが書いてくれたそうです。先生の名前がなくて残念といっていましたが、素敵なお話ですね。

また、体育祭が終わったあとのことですが、廊下が土埃で真っ白になっていました。それをみた生徒会のメンバーが、みんなで水拭きをしてくれていました。黒の団長の坂根君もいっしょにボランティアしてくれました。

さすが「日星高校の生徒やなって」うれしくなりました。保護者の方からも、みなさんのすばらしい活躍に「すごいねって」「日星高校に行かせてよかった」って声がたくさんきくことができました。
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さて、今日は、宗教講話。
今日は「祈り」についてお話します。
「調える」と「なぜ手を合わせるのか」の二つのお話です。

私たちは、毎朝、放送部の人のアナウンスによって祈りをする習慣を持っています。
みなさんはどんな気持ちで祈りの時間を過ごしていますか?
みなさんの教室は、どんなようすですか。

私も祈りの時間、手を合わせながら皆さんがどんな風な時間をすごしているか見せてもらっています。

はじめに「調える」ということについてお話しします。

祈りの前に机が片付けられ何にも物がおかれていない教室。この教室は、後の棚の上も整理されていますし、テストの朝も机の上が片付いています。一方で、先生が注意してしかたなく片付ける教室もあります。

手を合わせてしーんとした時間をつくっている教室がほとんどですが、なかなか静かにならない教室、祈りの時間なのに隣の人とおしゃべりをしているクラスもあります。担任の先生は、いつも注意していますが、おかまいなしです。
祈りの時の基本姿勢は、「机の上を片づけ、左側にきちんと立ちましょう。列は揃っていますか?背筋は伸びていますか」ですね。

なぜ、机の上には何も置かないのでしょうか。

ここでちょっと実験をしてみましょう。
自分が大切にしている人のことをちょっと考えてください。
いいですか。友達でも家族でも自分が大切にしているひとのことを思い浮かべてくださいね。
(少しの時間)

では、今度は目をつぶってもう一度、自分が大切にしている人のことを考えてみましょう。 目をつぶってください。
(少しの時間)
いかがですか。目をつぶった方が、集中できますね。

なぜって目をつぶることで、不要な情報を遮断することができます。
教室が雑然としていたり、机の上がごちゃごちゃしたりしていると心は落ち着きません。
調えることで、自分に向き合うことができます。祈りもまた同じです。
もちろん、口は閉じていますよね。

祈りの前にオルゴールの曲が流れています。目をつぶることで、心が整います。
音楽もそのために一役買っています。ざわざわとしていた心が落ち着き、自分と向かい合うことができます。
そして、祈りの言葉をきき、整った気持ちで学習に向かうのです。

また、祈りの初めに、キリスト教では「父と子と精霊のみ名によってアーメン」と唱え十字を切ります。神社にお参りするときに手水をします。手を洗い心を清めてから参拝するとありますね。
それと同じで、十時を切ることで、これから祈りですよ。心を整えて神様とつながりますよ。神様もその手助けをしてくださいね。というサインでもあります。

祈りは、自分と向き合う時間。ちょっと、顔をあげると隣の人も目をつぶっていますね。シーンとした空気がとなりの人とつなげてくれます。今も、みんなの心が私にむかっているとすれば繋がっていますね。同じ祈る時間をもつことで教室を超えてつながります。
全校のみんなの心がつながっていることを感じます。

一日のスタートにあたって、心を調え、自分と向き合い、心が友とつながりあって学習に望むことができるのです。更に言うなれば自分を超えた存在を思う時間でもあります。そうした時間を毎朝もてることはとても素敵なことだと思いませんか。

次に「なぜ手を合わせるのか」というお話をします。

日本人は、無宗教といいながらお寺や神社に参りますね。そこでは必ず手を合わせますね。「合掌 いただきます」って給食の前にやってきましたね。
「なぜ手を合わせるのか、とてもよくわかる説明がネットで検索するとありました。
読んでみます。
【お寺にお参りに来ると手を合わせます。お葬式の時も手を合わせますね。仏教ではまず手を合わせる事から始まります。右手と左手を合わせるから「合掌」といいます。
神社にお参りしても「かしわ手」といって合掌と形は少し遣いますが手を合わせます

では何故手を合わせるのでしょうか。

右手と左手というのは同じ手でありながらそれぞれ役割があり、常に違った働きをしています。右手が箸を持てば左手はお茶碗を持ちます。右手がペンを持てば左手は紙を押さえます。

また右手を私とすれば左手は相手となります。仏教では右手が私なら左手が仏様、
神道では右手が私なら左手が神様となります。仏様と自分とが一つになり、神様と自分とが一つになります。
草も木も、太陽もお星さまも、神様も仏様も皆自分と一つになるのです。そこにはなんの差別も隔たりもなく、喧嘩も、戦争もありません。それが合掌の心なのです。】

とありました。こんな風に考えるととても分かりやすいですね。

右手が自分なら、左手は相手。また、右手が自分なら、左手は神様ともいえます。
自分と神様が一つになる時間。手を合わせることで、他者と、世界と、神様と、つながることそれが祈りの共通の意味なのかもしれません。

聖書の創世記に次のようにあります。

神は言われた。「光あれ」  こうして光があった。  神は光を見て善しとされた。

先日、お出会いしたシスターが、光を私と読み替えて祈りますとおっしゃっていました。

神は言われた。「私あれ」 こうして「私」があった。  神は私を見て善しとされた。

そう、私たちは、神によって創造され、「よし」「よいもの」とされたのです。
生かされていることに感謝。また、神に愛されていることに感謝ですね。

神が私をつくりよしとされたように、(右手が私、左手が他者として)自分を大切におもうように、他者を大切にしようとする思いを、手を合わせる度に思い出し、心新たに一日をスタートさせる。
また、一日の終わりにも手を合わせ、
こうして無事に一日が終えられたこと、勉強ができたこと、友達といっしょにすごせたことに感謝する時間になるといいですね。

ひとりよがりでなく、いつも誰かとつながっていること、神様がいっしょにいてくださるということを感じられる人生を、是非創っていってほしいと思います。
これで終わります。最後に手を合わせましょう。しっかり聴いてくれました。
ありがとう。

サマーコンサートに出演

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6月18日(日)総合文化会館大ホールでの舞鶴市の吹奏楽が集まってのコンサート

日星吹奏楽部も朝練や土日の一日練習などで磨きをかけて出演

素敵な音楽に仕上がっていました。

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