東北スタディーツアー3日目

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スタディーツアー3日目、本日もNPO法人カタリバさんのプログラムのもと、津波の被害が最も大きかった女川町を訪れました。

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東北スタディーツアー2日目

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2日目はNPO法人カタリバさんの教育プログラムに参加し、佐藤敏朗先生と共に大川小学校を訪れました。その後今回このツアーに参加した計4校合同の共同学習をおこない、様々な意見を交流し、命の大切さ、発言することの意味などについて理解を深めました。

東北スタディーツアー1日目

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生徒会を中心とした生徒4名で東北スタディーツアーに出かけています。

当時の東松山市大曲小学校

 

大曲小学校にて「16歳の語り部」の著者の1人で同じ高校生の雁部那由多君から震災当日の話を聴き、現地でしか味わえない体験をしました。

当時、ここ大曲小学校の五年だった雁部くん。学校へ逃げて来た人に何もできずにいた。津波が引いて学校の横の電柱のそばで亡くなっているのを見つけてしまった。そんな自責の念を持って生きて来た彼が、語り部となっています。僕が語ることで助かる命がある。と。苦しみを乗り越え全国に飛び回っている。そんな話を同じ世代の高校生が聴くことの大切さを思います。

東北被災地studyツアーに出かけました。

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齋藤幸男先生に東松山市の被災地あとにつれていっていただきました。何にもなくなった集落跡を見て津波の恐ろしさを実感.

 

3年生進路実現に向け毎日頑張っています。

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ウズベキスタン訪問団8月6日に本校へ

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(舞鶴市広報資料)

 

日星高校でも特進コース2年生を中心にお迎えの準備が始まっています。

 

(時代を読む ジャーナリスト嶌信彦のコラムより)

本ブログ等で京都府・舞鶴市がウズベキスタンとの交流を活発に行なわれている旨をお知らせしておりますが、今後のウズベキスタンとの交流に関して舞鶴市が新たな発表をされましたのでご紹介します。

発表された内容をご紹介する前に、舞鶴市とウズベキスタンと関わりを持つきっかけを簡単にご紹介したいと思います。すでにご存知の方はこの部分を割愛してお読みいただけると幸いです。

 

■引揚と舞鶴港
1945年の第二次世界大戦終結後、旧満州や朝鮮半島、南太平洋などの多くの国や地域に在留していた約660万人の日本人を速やかに帰国することを目的とした引揚が開始、呉を初めとした18の港を引揚港に指定しました。その一つに舞鶴港も含まれ、主に旧満州、朝鮮半島、シベリアからの引揚船を受け入れていました。

舞鶴港は1945年9月に引揚港に指定されて以来、1958年9月の最後の引揚船入港までの13年間、延べ346隻の引揚船が入港し66万2,982人が舞鶴港から日本に上陸しています。なお、引揚援護局のない神戸港の引揚事務も舞鶴引揚援護局で行なっており、その方々を含めると66万4,531人を受け入れしています。日本に帰国された方々は、舞鶴港の美しい景色を見て多くの方が涙したといわれています。

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五郎岳からみたリアス式になった舞鶴の港の様子。

■ウズベキスタンとの関わり
シベリアからの引揚は、シベリア地区のみならず中央アジアからの引揚の方も含まれていました。2015年9月末に嶌が上梓したウズベキスタン・タシケント市にある日本人抑留者の方々が建設に携わられたオペラハウス「ナボイ劇場」の建設秘話「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」(角川書店)には主人公の永田様が舞鶴に帰国した際の様子が描かれています。

永田様は舞鶴港に着いてすぐに自宅に帰らず、舞鶴に滞在。必死に暗記したウズベキスタンの収容所の仲間の氏名、住所を記憶が鮮明なうちに紙に書き写し名簿を作られました。その後、自宅に帰りそれを元に手紙を書き、それが戦友会「第四ラーゲル会」の名簿となりました。

 

 

■ウズベキスタンとの交流が始まる舞鶴市
本書を読まれた舞鶴市役所のスポーツ振興課の小谷課長が嶌をたずねてこられ、嶌が会長を務めるウズベキスタン協会との交流が始まりました。その後、ウズベキスタン・タシケント市で私費で日本人抑留者記念館を開設している館長のジャリル・スルタノフ様が昨年日本を訪れた際に舞鶴を訪問したこともウズベキスタンと舞鶴市が関係を深める大きなきっかけとなっています。

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■舞鶴市のさまざまな取り組み
その後、舞鶴市は昨年6月に2020年東京オリンピック・パラリンピックにおけるウズベキスタン共和国のホストタウンに登録され、学校給食でウズベキスタンの料理を出すなど様々なことに取り組まれています。

また、日本ウズベキスタン協会の協力によりウズベキスタンの日本人抑留者記念館で上映されている日本人抑留者の記録映画「ひいらぎ」を取得されました。今後、舞鶴市では学校の授業や舞鶴引揚記念館等で上映する予定です。

昨年11月に駐日ウズベキスタン共和国特命全権大使のファルフ・トゥルスノフ氏が舞鶴市を訪問し、倉梯第二小学校の生徒たちとともに給食に出されたウズベク料理を堪能

■舞鶴市の今後の取り組み
昨日の発表内容は2件あります。

①ウズベキスタンから国際交流員を受入
8月3日(木)にタシケント市出身で早稲田大学大学院修士課程国際関係学専攻卒のレ ・アルトゥル・エドゥアルドヴィッチ様が1年間赴任される予定です。

在任中は、2020東京オリンピックホストタウンとしてウズベキスタンとの相互交流に関する業務、2020年東京オリンピック・パラリンピック時のウズベキスタン選手団の事前合宿の調整・交渉、市民との交流活動に従事されます。

舞鶴市では2005年度から友好都市の中国・大連市から国際交流員を受入し、現在12人目です。ウズベキスタンからの国際交流員の受け入れは、北海道上川郡東川町に続き、全国で2人目となっています。

 

②ウズベキスタン事前合宿視察訪問団の来日
ウズベキスタンのホストタウンである舞鶴市では、レスリング競技と柔道競技の事前合宿が内定しています。8月4日から11日までウズベキスタン共和国政府及び両競技団体の関係者が来日し舞鶴市も訪れ、事前合宿関係施設等の視察や、市民や高校生との交流事業を行なう予定です。

■市民が一丸となって準備
先週末に、南舞鶴地域内の4小学校と1中学校の児童・生徒がオリンピック予選突破を祈念しながら折った鶴を同地域の高齢者が糸に通し千羽鶴を作りました。これに、金の鶴とウズベク語のメッセージをつけて完成させる予定で、ウズベキスタンの国旗の色のように非常に綺麗な仕上がりとなっており、ウズベキスタンから来日される事前合宿視察訪問団の皆さんにお渡しする予定です。

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現在、南舞鶴地域では子どもからお年寄りまで地域が一丸となって訪問団歓迎の準備をすすめており、丹後地区に古くから伝わる「丹後のバラずし」(ちらしずし)や、地域の方の大正琴、子どもの日本舞踊、舞鶴市民によるウズベキスタンの旗を振っての歓迎、みこしなどによる歓待を予定しているとのことでした。

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夏の練習頑張ってます。

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野球部にまけずに吹奏楽部も、夏休み休日返上で連日練習頑張ってます。

6日に京都コンサートホールで開催のコンクールに初の出演(日星の出演は3時頃の予定)

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