[戦後72年 学び、伝える 上] 流れる涙 真実を映す 名古屋市・同朋高校放送部 津田琉伊さん(17)

ドキュメンタリー作品の映像を確認する津田さん(中央)。元兵士の苦悩が伝わる作品を目指している(名古屋市で)

歴代の放送部員が取材した元兵士の証言をまとめたノートや映像テープ

 体験者の高齢化が進み、語り継げる人が年々減り続けています。そんな中、戦争の記憶をつなぎ、平和への思いを発信しようと若い世代が活動しています。何を学び、伝えるか。彼らの姿から考えます。

教科書にない記憶をたどる

名古屋市の同朋高校放送部3年生、津田琉伊さん(17)は映像ドキュメンタリー作品の制作リーダーとして、太平洋戦争で戦地へ赴いた元兵士の証言をまとめています。

「死ぬと分かっていても、仲間は敵の戦車にぶつかっていった」「私は殺人兵士になってしまった」――。教科書では学べない、戦いの最前線の記憶を作品に刻みます。

放送部は25年前から、戦争をテーマにした作品を手掛けています。取材対象は主に、中国や沖縄で戦った経験を持つ近藤一さん(97)ら元兵士たち。津田さんは入部した1年生の時に作品を見て、衝撃を受けました。

「授業で勉強した戦争は、何年にどこでどんな出来事があって、指導者がどう動いたかということでした。実際に兵士たちの身に何が起きたのか、全く知りませんでした」

奪い奪われたたくさんの命

その年、津田さんは部員と共に三重県に住む近藤さんを訪ねました。中国兵捕虜を刺殺する訓練、そこで覚えた人を殺す感覚、米軍の火炎放射器で焼き殺される仲間たち。近藤さんは目から大粒の涙を流しながら「たくさんの命を奪ってしまった」と自らを責めつつ「兵士は虫けら以下に扱われ、次々殺された」と憤りました。

90歳を過ぎても、当時の記憶に今なお苦しむ日々。その姿を目の当たりにして、津田さんは戦場のむごさにあぜんとしました。

「誰もが加害者にも被害者にもなり得ます。戦争では、僕たちと変わらない世代がつらい経験をしたと分かりました」。このことを伝えなければならないと、昨年から、5人の部員とドキュメンタリー制作を始めました。

元兵士らは高齢となり、改めて取材するのが難しくなっていました。そこで、先輩たちが残してくれた記録から戦場の証言を探しました。映像は計180時間。殺し、殺された生々しい記憶を掘り起こしています。

(日本農業新聞web版8月8日より)