1日目は、7時学校出発 伊丹空港から仙台空港へ

石巻市立旧大川小学校へ

大川伝承の会の語り部さんである高橋正子さんからお話を聞きました。

高橋さんもご自身の高校生になった子供を、大川小で12年間お世話になって

思い出のいっぱい詰まった大好きな大川小

涙を流しながらのお話は、私たち若者へ命の大切さと自分の出来ることは何かを

常にかんがえられる人にという熱い思いがいっぱい詰まっていました。

集会所でそれぞれの思いをシェアしました。

振り返りより

写真と違って、校舎が突然現れた。一人助かった生徒は、トイレに行きたいと言って離れた生徒で、その生徒を見ていた先生が助かったというのをきいて何がどう転ぶかわからないものだ。

ニュースで知れない事が知れた。体育館への渡り廊下がなぜあんな風に倒れたのかが分かった。

ニュース出で見ただけでな、実際に多くの子供亡くなったんだと感じた。

8m以上の津波 僕の背の4倍ある津波と聞いて寒けがした。

子供を失った親の気持ち。語り部の高橋さんは、今は高校生になった自分の子供が、この学校に通っていて12年の思いがあって、この学校がとても好きなんだと思った。裁判のTVで写される学校でない場所にという思いが伝わった。

なんで生き延びられなかったのか。無念な気持ち

まじかで見て津波の怖さが分かっtz。

自分に出来ることは、何かを考えていきたい。

子供たちは怖かっただろうなと思う。

まだ見つかっていない子供がいる。自分が立っていた場所の下に眠っているかも知れないとおもうと命の大切さを思う。

実際に亡くなった場所に立ち、裏山に逃げられたら良かったなと強く思う。

建物のくずれ方で津波の凄さがわかった。

あの時の判断はどうだったんだと疑問に思う。

最後は自分の命は自分で守らなければならない。

証としての建物は、今もこれからもずっと残して欲しい。

あたり前にある日常の大切さを改めて思う。

避難所で待っていたお母さんたちの悲鳴がリアルに響いてきた。

もっと多くの人にしってもらいたい。

亡くなった人、子供をなくした人のおもい。いろんな思いがある。それぞれの思いを 共有して考えていきたい。

あんなに静かなところに災害があったなんて信じられない。

じっと待っていて怖かっただろうな。

災害の対策を普段からしていかなければ

自分の地域のことを知っていきたい。

4人まだ見つかっていない。地面の下にいるのかなあ。

教員として指示をだす。勝手な行動をとらないもまた命をまもるための指針。

けれど、先生の言うことを聴いて亡くなった子供達。

一旦裏山に逃げた6年生は、先生に叱られて連れ戻されて亡くなった。

その互いの無念さ。釜石の奇跡は「津波てんでんこ」

自分で判断できる人になってほしい。

壁画の「未来を拓く」の文字の前で亡くなった命の重さを思う。

庭に咲くひまわりの花がみんな校舎の方を向いて咲いていて

メッセージを感じた。

親が子を思う気持ち

親になった場合 自分の子も大事 他人の子も大事

親になった時、命を大切にできる人に

にちじょうの学校生活でもいじめたりからかったりできないはず。

人の痛みが分かったこの体験を伝えていきたい。