今日は、「互いの違いを大切にすること」についてお話します。

1月19日からカナダのセントパトリック高校から8名の生徒が来ていました。
どのクラスにもとはいきませんでしたが、多くの生徒が出会い交流することができました。2月2日の土曜日に感謝のうちに元気に帰って行きました。

金曜日にさようならパーティが有り、カナダの生徒が準備してくれ、私たちを招待してくれました。中心になった特進コースの1/2年生はもちろんですが、授業や部活見学などを通して、友達になった多くの生徒も参加しました。総合や看護の生徒もホストファミリーの方に混じって楽しめたこと。看護科生や総合コース生の短期留学に続いて日星のカナダ交流の新しい1ページとなりました。
部活で仲良くなったという総合コースの生徒は、ラインのIDを交換してチャットをしていると聞きました。英語できるのって聞くと、ラインで日本語と英語の変換エンジンをグループにすると、「こんにちは」と書くと相手には「こんにちは」の下にGoodevning と出るし、向こうが、「How aboutなになに」 って書きこむとこちらには「何々はいかがですか」って訳が付いてくる。そんな手段でメールのやりとりが続けることができる時代になりました。
でも、どんな便利な機械があってもその人が「友達になりたい」って強く思わないとできません。「友達になれるといいな」とみんな思っていますが、一歩踏む出す人はなかなかありません。勇気をもって参加したみんなをすごいなって思います。

カナダの生徒は「Thank you Nissei」と書いて残してくれました。

Thank you for your HOSPITALITY(おもてなしありがとう)

We had an incredible time(私たちは信じられないような時間を過ごした)

I was pleasantly surprised  わたしはうきうきするようなおどろきの中ににいました。

てJapan was lovely (日本大好き)と続きますね。

You are all amazing Peaple  Amazing experience

(みなさんはみんな素晴らしい 素晴らしい体験)

Lets meet agein (又会いましょう)

みなさんは、どんな風に感じましたか?

留学しなくても同世代の外国人と出会うチャンスがある日星ってすごいなって思いません。

私は、このように違った文化をもった人たちと出会うことはとても大事なことだと思っています。こうした交流を通して、互いの違いを認め合い、理解し合うことを学びます。

こうした喜びを私たちに与えてくれた彼らを迎えるための準備をしてくださった英語科の先生方、ホストファミリーを快く引き受けてくださったご家族にも感謝したいと思います。

カナダの先生たちも素晴らしい先生でした。

私は、冬だし、寒いし、面白くないかなって心配していました。

けれど彼らは、「どのような環境も楽しむことを忘れない」精神の持ち主でした。

天候が寒くても、「寒いのもいいね!」って楽しんでいました。

冬の舞鶴もとても気に入ってくれましたし,雪がふらないのを残念がっていました。

 

そう、「環境のせいにしない、人のせいにしない、何が起こっても、その状況を受入れる、

ポジティブでとても楽しい人たち」でした。

カナダの生徒が風邪をひいて休んだときがありましたが、おろおろせずに

「ホストにスーパーよくお世話してもらってる。ありがたい」って前向きに受け止めていました。

言葉が通じなくても、「通じた時が、楽しいよっ」って。

 

なぜ、そんな精神をもつことができたのでしょう。

カナダは移民でできた国です。出身がアメリカやフランス、中国、フィリピンなどたくさんの人種が入り交じっています。

男の先生ハワードは、中国系、女の先生オリビアのお母さんは、ポーランド生まれ

8人の生徒もいろんな背景をもっていましたね。いろんな文化が共存している国です。

 

また、人に対しても、とても積極的でしたね。とてもフレンドリーで、私と出会ってもいつも礼儀正しく、笑顔でお辞儀をしながらすれちがいました。

お別れの時もハグをして名残をおしんでいました。

 

「異文化理解」という言葉をみなさんは中学校で習ったと思います。

それは異なった文化をお互いに大切にして、わかり合おうということ

それは、人に対する見方も同じです。

 

自分はいつも正しくて、自分の考え以外は間違っている・・・という考え方でなく、

「自分の常識は自分だけの常識かもしれない」し「あなたにはあなたの常識」がある。

「みんな違って、みんないい」というように、

とても大きな心で「違い」を理解し、楽しむことを教えてくれました。

他の人の意見を受入れる柔軟さや優しさや寛容さと、自分を貫く強さと、どちらも併せ持つ彼らから気づかされることがたくさんありました。

 

聖書の言葉につぎのようにあります。

 

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、

人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。

すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

愛は決して絶えることがありません

日本人は、外国人がみると同じ顔や姿に見えるそうですが、性格も着る洋服の趣味も、どんな友達と仲良くなるかも、全く違いますね。兄弟でも育った環境が違うとまったく違う価値観をもつこともあります。

私たちは、ともすれば、大人数の人たちが、「あの子、変わってる」、「あの子、変やわ」と言って、少数派の人、あるいはちょっと変わった行動をとる人の悪口を言ったり仲間はずれにしがちです。

これは日本人には特に強く見られる性質で、日本人は「みんな一緒」でないと気が済まないような文化から来ています。これはたぶん島国であまり外国人と出会う機会が少ない国なので、「みんな同じが当たり前」という気分になっているんだろうと思います。

みなさんも「みんな同じ」が当たり前、同じだから仲良くなれる、という人ばかりいると、変わっている人とは仲良くなれず、逆に「あんたが変わってるから、みんなが一つになれへんやんか!」と言って、いじめるということが起こります。

でも、人間だれでも違っていて当たり前、全然違う者どうしが一緒にいて当たり前という気持ちになると、変わっていることを理由にしたイジメはなくなります。

そして、「みんな違った文化をもっている。考え方が違っていて当たり前なんだと思うことができれば、たとえば色んな人種や民族、色んな宗教、色んな文化の人と仲良くなれます。広い視野を持ち、これを寛容といいますが、楽しい人生を生きることができるようになります。

 

これからの時代に生き残れるのは、そういうものの見方ができる人です。自分と違う人を嫌がったり、自分と違う考えの人を攻撃するような人は、これから先の世界では生きるのがつらくなるだろうと思います。

なぜなら、世界はたくさんの種類の、たくさんの異なった人びとが互いにやり取りをしながら生きていますし、またその異なる人どうしのコミュニケーションやビジネスがどんどん増えているからです。

自分と違うタイプの人がいたら、「あの人は私とは違った、私にはできない役割を引き受けてくれている。ありがたいことだなあ」と思うようにしませんか。

この国も、世界も自分の利益だけを考え、相手に押しつけようとする傾向が強くなっています。アメリカとロシア、中国の三つどもえの戦争がいつ起こるか分かりません。そんな時代だからこそ聖書の言葉にあった「愛は寛容である」を実践していきたいものです。