ウズベキスタン展 ミュージアムトークご案内 18日

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現在、引揚記念館で開催中の企画展「ウズベキスタン抑留~抑留から交流へ~」に関連したイベントとして、『駐日ウズベク大使館グリャモフ・イザティラ三等書記官のミュージアムトーク』を開催します。
東京2020オリンピック・パラリンピックまであと1年。
舞鶴市が柔道・レスリング競技のホストタウンとなった「ウズベキスタン」のことを知る「ミュージアムトーク」に、ぜひご参加ください!

■日時
8月18日(日)13時30分から15時30分
■場所
舞鶴引揚記念館セミナールーム
■入場料
無料(別途入館料が必要)
■内容
・暮らしに身近な産業、観光、文化をはじめ学校教育、医療システムなど、日本との違いなどについてのお話
・参加者からの質問コーナー
・参加者先着50名にウズベキスタンの「メモ帳」と「ガイドブック」を進呈
引揚記念館ームページ
(URL)http://m-hikiage-museum.jp

ウズベキスタンレスリングチーム公開練習

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8月18日(日)、20日(火)、21日(水)の三日間、文化公園体育館にウズベクのレスリング、柔道の選手たちを応援に来てください。
きてもらった方には、選手名鑑とウズベク国旗(紙)を進呈します。
また、その場で1000円で応援団に入ってもらったら、応援タオルを進呈いたします。
(スポーツ振興課より)

抑留者資料館訪問

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抑留者資料館のスルタノフ館長と再会。昨年の本校文化祭に来ていただいた。孫娘のリソラットさんともお出合いし、同行いただいた。

資料館の中には、昨年、来校時にお渡しした日星高校との交流のパンフレットも展示していただいていました。

交流の始まりは、舞鶴市のHPをご参考に

https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kyouiku/cmsfiles/contents/0000005/5060/No.1.pdf

日本人抑留者が建設に関わったナボイ劇場を訪問。イスラムの行事で閉館日にもかかわらず、中にいれていただいた。日本人兵士が関わったという彫刻やホールの電気などを見ると感慨深い。

タシケント日本人墓地慰霊

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タシケントにも日本人墓地があります。180名の墓碑がきれいに整備された墓園に整然と並んでいます。

献花、献茶、ふるさとの演奏と歌、線香を手向ける。遠い異国の地で無念の死をとげた若者の思いを受け継ぎ、鎮魂碑に書かれた「永遠の平和と友好 不戦の誓いの碑」を心に刻まなければならない。

ソ連時代には、土をもっただけの墓地であったようだが、独立後は遺族関係機関の支援やウズベキスタン政府の協力により、現在のように戦没者名と出身者県を刻印した墓石が設けられ、敷地内には、ウズベキスタン13カ所の日本人抑留者墓地の共同慰霊碑が建てられている。安倍首相もここに参拝されている。

こうして墓を維持していただいている方がいらっしゃることに頭が下がります。市長からも慰労の言葉がありました。

リシタン NORIKO学級訪問

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NORIKO学級は、私設の日本語学校で放課後や夏休みにたくさんの生徒が学習しています。私たちが訪問した時も、小学生から24歳の青年までがあつまって歓迎会をしていただきました。日本語の歌や弁論大会、ウズベキスタン伝統の踊りなど一生懸命に頑張っていました。文房具のプレゼントでおおいに盛り上がりその後、習字や柔道の技、かるたなど訪問団のメンバーと子供たちの交流を行いました。子供たちは、日本語を勉強して舞鶴の学校に行きたいと話していました。

日の丸で迎えてくれる子供たち

大崎氏の碑 心と刻まれている。感謝の気持ちを忘れないようにと

NORIKO学級について詳しくは、舞鶴市HPウズベキスタン交流第6章をごらんください。

https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kyouiku/cmsfiles/contents/0000005/5060/No6.pdf

本年、5月にガニシェル校長が日星高校を訪問された時の写真

 

コーカンド日本人墓地慰霊

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サマルカンドから新幹線に乗って2時間半、首都タシケントへ
朝早く起きて、コーカンドへ、特急列車に乗って約4時間の旅。高い山を超えてフィルガナ州へ。

戦争が終わってからソ連に抑留された日本人は約60万人。ウズベキスタンにも25000人が抑留されました。

コーカンドで亡くなった日本人抑留者250人の墓地に参拝
抑留され強制労働の中で望郷の思いを抱いたまま無念の死を遂げた兵士たちに平安を
その墓を守ってくださっているウズベキスタンの人がいる。
1人1人の墓石に名前と出身地が彫られています。一覧の看板には、1945,46、47の死亡日が書かれています。戦争を生き延びた人たちが、ここまで抑留され、死ななくても良かった人生が断ち切られている無念さを思います。私(水嶋)の叔父も学徒動員で、終戦にあと半月という7月29日の舞鶴空襲で工廠に落とされた爆弾で亡くなっています。

市長、団長の献花のあと真下葵さんと川井君の笛に合わせ「ふるさと」を歌いました。引き揚げ語りの会の方による献茶.そして墓碑に線香をお供えしました。この墓地を維持してくださっている方にも感謝です。

 

 

コーカンドの元王宮

ウズベキスタン交流の記事

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6日からウズベキスタンへ舞鶴市民訪問団が出かけます。

日星チームも5人参加 1年生の真下葵さんは、若浦中学校時代から引き揚げ語り部の活動を行ってきており、今回訪問団に参加します。

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