初出場で銀賞!京都府吹奏楽コンクール

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「努力はむくわれる!」

とてもレベルが高い大会で銀賞おめでとう!

生徒のがんばり、土曜も夏休み中も朝から夕方まで練習に励んだ成果

指揮者の花崎さん、ステラソルの西山さんもずっとついて指導をいただきました。ありがとうございました。

PS

私が新任教師で宇治の岡谷小学校で担任した平岡順一君(現在宇治中学校教頭)

が吹奏楽連盟の副理事長をしており閉会式のあとで出会いました。

「日星の名前があってびっくりしました。はらはらしながら聴いていました。

初出場で銀賞はすごいです!がんばってください」って激励してくれました。

(水嶋)

   

 

 

 

1学期が終わりました。「日常を大切に」

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終業式 校長講話

今日で一学期終了です。
充実した1学期だったでしょうか。1年生はとても落ち着いた学校生活がおくれましたね。

残念ながら野球は一回戦で負けてしまいました。悔しかったですね。でも、一番悔しかったのは、「甲子園に行くんだ」と頑張ってきた野球部のメンバーだろうし、毎日、また、休みもなしに指導してくれた先生方だと思います。どんなことにも意味がある。負けをどう生かすか。
山中監督とも少しいっしょに話しました。

私も、「フツーの会社員だった彼が青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉」をAmazonで買って一気に読みました。皆さんも知っているかと思いますが、お正月にある箱根駅伝で原監督率いる青山学院大学が3連覇しています。もちろんそれまでに10年かかっています。

この本に書かれていたのは「平常心の勝利」でした。
「稽古は本場所のごとく、本場所は稽古のごとく」と相撲でいいます。「練習は、本番のように。本番は、練習のように」との言葉があります。
これを素材にしながら、みなさんの学校生活をいっしょに振り返ってみましょう。
総括の視点は三つです。
1つは、「何のために」 2つめは、「一つ上の自分をつくる」 3つめは、「チーム力」ということ

1つは、何のために駅伝をやるのか。これは野球でもバトミントンでもレスリングでも何のためにやるのかですね。「何のために高校に来たのか、何のために勉強するのか、何のために大学に行くのか、何のために看護師になるのか。」この何のためにを見つける3年間かもしれません。

この原監督の本によると
何のために駅伝をするのか。「駅伝優勝のため」でしょうか。もちろんそれは目標ですが
原さんの目的は、「社会に出て恥ずかしくない人として成長させること」とありました。山中監督もそんな風に指導してこられていますね。
高校の目標もまた、「一人前の社会人としてみなさんを送り出すこと」です。
私たちにはその責任があります。厳しいことも言わなければなりません。

3年生は、いよいよ進路の夏  15日に就職希望者の人向けの説明会がありました。
竹ノ内先生が、競争相手は、この学校の人ではない。同じように3年間頑張ってきた西舞鶴高校や東舞鶴高校、海洋や府立工業に行っている人が競争相手なんだと。
大学入試もライバルは全国の高校生や浪人生
学校では「推薦に値する人を育てる」という観点で生活面でも厳しくしてきました。
毎年、校長室の前で「志望理由」や「自己PR」が書けないで悩んでいる人がいます。
仕事も大学も専門学校も「なぜ、そこを希望するのか」と「そこにつながるどういう高校生活を送ってきたか。」が問われます。例えば、ボランティアをして、福祉関係に進む。国際社会で活躍するために英語の勉強をがんばる。そんな風にストーリーは自分で作っていくのです。
「目標のないところに努力なし、努力ないところに成果なし」
2つめ
「一つ上の自分をつくる。」について考えてみましょう。
再び原さんの本に戻りますがこんな風にありました。
「強いチームにいると、自分も強いと勘違いする」
みんなと同じ練習をしていれば、力がついた気がする。そんなことはなかったでしょうか。
あなたがもしAKBに入ったとする。それで満足という人ばかりだと人気は続かない。メンバーの目標は「センターをとれ!指原に負けるな!」ですね。そうやって、一人一人が自分の技を磨く。みんなが切磋琢磨し競い合う中でチーム全体の力が高まっていくのです。
そんなクラスの雰囲気を作ってきたでしょうか?

今年から通知表は10段階にかわりました。がんばりがより見えるようにということ。そして、頑張った人にはいい成績を、怠けた人には厳しい成績をつけています。 1年生2年生も、この1学期を振り返り、1年後の、2年後の自分につながっているか振り返ってください。

先日卒業生がきていましたが、「学校という所は、とても親切でいいところだったって。でも、会社ではそういうわけにはいかない」と言っていました。
看護科の人も、4年生で躓く人が多い。高校の3年間を手を抜いていると、専攻科になって厳しい勉
強についていけない。実習に出て病院の指導者さんから、厳しい指摘を受けるとへこんでしまう。自信がなくなる。そして、「自分は看護師に向いていないんじゃないかって」そんな自己否定のスパイラルに陥いってしまいます。

そうした迷路から抜け出し、厳しい社会でやっていくためにはどうすればいいだろう。
試合で、実習で、あるいは入学試験など、ここという大切なときに、自分のもっている力をだせるか。どんなに頑張って勉強や練習してきても風邪をひいて休んでは戦えない。誰でもプレッシャーや緊張があるとふだんの自分が出せません。けれど、そのプレッシャーを追い風に変えて、きっちりと結果をだせるためには何が必要なんだろう。やっぱり、「ここがロドスだここで跳べ」なんですね。

今、ここの普段の生活が大事。ふだんをちゃんとやっていくことで自信が生まれます。
復習や予習をしっかりやる。提出物を出す。自分にプレッシャーをかけてトレーニングをする。
「やるだけやった」という練習や学習があれば、たとえ負けても悔いはありません。
特進の人は、今日から学習合宿に行って居ませんが、自分の限界に挑戦してきます。それが自信になります。吹奏楽部は、8月5日に吹部として独立6年目で初めてコンクールに出場します。そのために朝練や土日の練習も頑張っています。人数は少なくてもやるだけやってきたという自負と自信をもって頑張ってきましょう。

今日は明日につながっています。ふだんの練習、普段の学習にどんな目的意識をもって臨むのか。
今日、失敗したら、明日は、失敗しないように修正していく。「言われたことはだれでもできる。そこに一ひねり自分なりの工夫をしなさいって。」伊調選手の言葉を紹介しましたね。
3年生は、いよいよ受験モードに入ります。外から変えることも一つの方法。「就職モードに変える」って長かった髪をばっさり切った生徒丸ぼうずにした生徒もいますね。その前向きな気持ちが大切です。
3つめの話は「チーム力」
甲子園に行く。大学進学をする。希望の進路を達成する。そうしたそれぞれの目標を達成するには、普段からのみんなの力、みんなの応援が欠かせません。
いろんなことは、つながっています。自分が幸せになりたいと思ったら自分のことだけを考えていてはなれません。
宮沢賢治は、「世界ぜんたい幸福にならないうちは、 個人の幸福はあり得ない」と書いています。
それぞれのがんばりを互いに応援し、共に喜び、共に悲しめる学校にしよう!

1学期には、バドミントン部も京都の大会に出ましたし、体操や薙刀も近畿大会出場です。
先週には、生徒会のメンバーが、いち早く、「九州豪雨への募金」に取り組みました。私もちょっとのぞきましたが、他の高校の生徒も募金をしてくれていました。金額を集めることだけではありません。
「人と共に人のために」が日星のモットー。自分がしてもらったらうれしいことを進んでやる。そうして、被災地への関心を高め、日星高校のがんばりも世間の人が知ってくれるのです。

自分はたいしたことしてないしって思っているかも知れません。
バイト先でも元気な挨拶で「さすが日星高校の生徒やな」って思ってもらうことができます。補習に来る人だってきちんと制服を着て「日星高校の生徒は夏休みもがんばって勉強してるんや」と世間にみてもらうことができます。

この夏、日星高校の一員であることに誇りをもって、一人一人のストーリーをつくりましょう。
過去は変えられないけれど、未来は作れる。普段が大事、今日は明日につながっている。一人一人のがんばりが合わさって学校のがんばりになる。普段の積み重ねの先に栄光があるのですから。

校長会視察

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私学連合会北部支部校長会主催の臨地研修がありました。
本校より校長・壬生教頭・看護科垣田主任の3名が参加
大分県の昭和学園高校と竹田南高校を視察

地域の人口が少ない中でも学校の魅力をつくってがんばっておられました。

宗教講話 祈りについて

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宗教講話6月

早いもので体育祭から10日がたち、あと2週間で期末テスト、あと4週間で夏休みに入りますね。
体育祭では、みなさんの素敵な笑顔に一杯出会いました。

私の印象に残っているものとしては、一生懸命に頑張っている人に惜しみない応援をした姿でした。
女子1000mで最後になった人といっしょに色を超えゴールまで応援しながら走った人。ゴールでもそこにいたみんなが拍手をしていました。俵上げでも、競技者を囲むようにしてみんなで応援していましたね。

また、長倉先生にお聞きしましたが、朝、教室に入ると「頑張ろう」とクラス全員の名前が黒板書かれていたそうです。少し長く学校にこられなくなっている人の名前もちゃんとあって「感動した」と先生は話してくれました。きくとクラスのリーダーさんが書いてくれたそうです。先生の名前がなくて残念といっていましたが、素敵なお話ですね。

また、体育祭が終わったあとのことですが、廊下が土埃で真っ白になっていました。それをみた生徒会のメンバーが、みんなで水拭きをしてくれていました。黒の団長の坂根君もいっしょにボランティアしてくれました。

さすが「日星高校の生徒やなって」うれしくなりました。保護者の方からも、みなさんのすばらしい活躍に「すごいねって」「日星高校に行かせてよかった」って声がたくさんきくことができました。
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さて、今日は、宗教講話。
今日は「祈り」についてお話します。
「調える」と「なぜ手を合わせるのか」の二つのお話です。

私たちは、毎朝、放送部の人のアナウンスによって祈りをする習慣を持っています。
みなさんはどんな気持ちで祈りの時間を過ごしていますか?
みなさんの教室は、どんなようすですか。

私も祈りの時間、手を合わせながら皆さんがどんな風な時間をすごしているか見せてもらっています。

はじめに「調える」ということについてお話しします。

祈りの前に机が片付けられ何にも物がおかれていない教室。この教室は、後の棚の上も整理されていますし、テストの朝も机の上が片付いています。一方で、先生が注意してしかたなく片付ける教室もあります。

手を合わせてしーんとした時間をつくっている教室がほとんどですが、なかなか静かにならない教室、祈りの時間なのに隣の人とおしゃべりをしているクラスもあります。担任の先生は、いつも注意していますが、おかまいなしです。
祈りの時の基本姿勢は、「机の上を片づけ、左側にきちんと立ちましょう。列は揃っていますか?背筋は伸びていますか」ですね。

なぜ、机の上には何も置かないのでしょうか。

ここでちょっと実験をしてみましょう。
自分が大切にしている人のことをちょっと考えてください。
いいですか。友達でも家族でも自分が大切にしているひとのことを思い浮かべてくださいね。
(少しの時間)

では、今度は目をつぶってもう一度、自分が大切にしている人のことを考えてみましょう。 目をつぶってください。
(少しの時間)
いかがですか。目をつぶった方が、集中できますね。

なぜって目をつぶることで、不要な情報を遮断することができます。
教室が雑然としていたり、机の上がごちゃごちゃしたりしていると心は落ち着きません。
調えることで、自分に向き合うことができます。祈りもまた同じです。
もちろん、口は閉じていますよね。

祈りの前にオルゴールの曲が流れています。目をつぶることで、心が整います。
音楽もそのために一役買っています。ざわざわとしていた心が落ち着き、自分と向かい合うことができます。
そして、祈りの言葉をきき、整った気持ちで学習に向かうのです。

また、祈りの初めに、キリスト教では「父と子と精霊のみ名によってアーメン」と唱え十字を切ります。神社にお参りするときに手水をします。手を洗い心を清めてから参拝するとありますね。
それと同じで、十時を切ることで、これから祈りですよ。心を整えて神様とつながりますよ。神様もその手助けをしてくださいね。というサインでもあります。

祈りは、自分と向き合う時間。ちょっと、顔をあげると隣の人も目をつぶっていますね。シーンとした空気がとなりの人とつなげてくれます。今も、みんなの心が私にむかっているとすれば繋がっていますね。同じ祈る時間をもつことで教室を超えてつながります。
全校のみんなの心がつながっていることを感じます。

一日のスタートにあたって、心を調え、自分と向き合い、心が友とつながりあって学習に望むことができるのです。更に言うなれば自分を超えた存在を思う時間でもあります。そうした時間を毎朝もてることはとても素敵なことだと思いませんか。

次に「なぜ手を合わせるのか」というお話をします。

日本人は、無宗教といいながらお寺や神社に参りますね。そこでは必ず手を合わせますね。「合掌 いただきます」って給食の前にやってきましたね。
「なぜ手を合わせるのか、とてもよくわかる説明がネットで検索するとありました。
読んでみます。
【お寺にお参りに来ると手を合わせます。お葬式の時も手を合わせますね。仏教ではまず手を合わせる事から始まります。右手と左手を合わせるから「合掌」といいます。
神社にお参りしても「かしわ手」といって合掌と形は少し遣いますが手を合わせます

では何故手を合わせるのでしょうか。

右手と左手というのは同じ手でありながらそれぞれ役割があり、常に違った働きをしています。右手が箸を持てば左手はお茶碗を持ちます。右手がペンを持てば左手は紙を押さえます。

また右手を私とすれば左手は相手となります。仏教では右手が私なら左手が仏様、
神道では右手が私なら左手が神様となります。仏様と自分とが一つになり、神様と自分とが一つになります。
草も木も、太陽もお星さまも、神様も仏様も皆自分と一つになるのです。そこにはなんの差別も隔たりもなく、喧嘩も、戦争もありません。それが合掌の心なのです。】

とありました。こんな風に考えるととても分かりやすいですね。

右手が自分なら、左手は相手。また、右手が自分なら、左手は神様ともいえます。
自分と神様が一つになる時間。手を合わせることで、他者と、世界と、神様と、つながることそれが祈りの共通の意味なのかもしれません。

聖書の創世記に次のようにあります。

神は言われた。「光あれ」  こうして光があった。  神は光を見て善しとされた。

先日、お出会いしたシスターが、光を私と読み替えて祈りますとおっしゃっていました。

神は言われた。「私あれ」 こうして「私」があった。  神は私を見て善しとされた。

そう、私たちは、神によって創造され、「よし」「よいもの」とされたのです。
生かされていることに感謝。また、神に愛されていることに感謝ですね。

神が私をつくりよしとされたように、(右手が私、左手が他者として)自分を大切におもうように、他者を大切にしようとする思いを、手を合わせる度に思い出し、心新たに一日をスタートさせる。
また、一日の終わりにも手を合わせ、
こうして無事に一日が終えられたこと、勉強ができたこと、友達といっしょにすごせたことに感謝する時間になるといいですね。

ひとりよがりでなく、いつも誰かとつながっていること、神様がいっしょにいてくださるということを感じられる人生を、是非創っていってほしいと思います。
これで終わります。最後に手を合わせましょう。しっかり聴いてくれました。
ありがとう。

全国看護高校校長会へ

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看護科のある全国の高校の校長が集まる研究会

文科省から最新の情報が提供される場でもあります。

実習先の確保また看護教員の確保がどの学校も悩んでいました。

立教大学訪問

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指定校のお願いに立教大学研究室を訪問

少し早く着いたので、チャペルへ

宗教部の学生がパイプオルガンを演奏

こうした時間と空間を日星高校でもと思いました。

東京6大学野球

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私の知り合いの文学部の前田先生が、立教野球部の部長です。

「応援に来ませんか」の声をかけていただき神宮球場をのぞきました。春のリーグは立教が頑張っていて初優勝を目前にしています。

さすが東京6大学、野球部を応援団・チア・吹奏楽・そして応援の人たちが一体となって応援。

バックボードには、打者の写真と所属学部、出身高校。アナウンスでも高校名が呼ばれます。

「〇番センター〇〇君、日星高校出身」のイメージを描きながら観戦してい

ました。

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