はじめに言があった。始業式に

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3学期 始業式に
新年明けましておめでとうございます。
何がめでたいと私も高校時代に思っていました。
受験生にとっては、今年のセンター試験まであと10日。それが終わらないとちっとも
めでたくなんかないですね。
けれど、ここにこうして集まれたことがおめでたいことですし感謝です。
このように人間は、昔から暦を使い、事あるごとに 気持ちを切り替えてきました。

例えば失恋をします。何でふられたんだろうとふりかえり自分を高めていくきっかけにすることは大切ですが、失恋をいつまでも引きずっていても前に進めませんね。
そんな時、気持ちを切り替えてきませんでしたか。野球でも、点数を入れられたとしても、気持ちを切り替えて、向かっていくそんな生き方をしてきました。
令和という区切り、新年という区切りを3学期という区切り、新たな気持ちへの切り替えのチャンスにしましょう。

切り替えのために必要なことはなんでしょう。
みなさんも新年の抱負を言葉にしませんでしたか。
「よし今年こそ甲子園」「よし、今年こそ00大学へ、就職への進路を決めるぞ。」「成績をあげるぞ!」と言葉にして外に出すのです。
言葉には命があります。だから、言葉にしたように人は方向付けられるのです。

新約聖書(ヨハネの福音書第一章第一節)に
「初めに言があった。言は神と共にあった。
言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。
万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
光は暗闇の中で輝いている。」
とあります。

言葉は、神であり、生命の光であり、人類の光であったのです。
私たちの心の中の願いや想いを言葉にすることで、魂が実態となっていきます。
思いが現実を作っていくのです。
グランドに「目指せ甲子園」と書いてあリます。
私の勉強机にも「夢の実現」と書いて張ってあります。
「言葉によらずなったものは何一つなかった」のです。
みなさん、思いや決意を言葉にしていくのです。
もちろん全てが叶うことはありません。けれど、目標を明確にしそこに向かう努力は、人生にとって大切なものです。道は自ずと開けていきます。

また、言葉は、その意味だけでなく、発する音そのものにも力があリます。
力があるだけに使い方を誤ると、人を悲しい思いや死へも追いやってしまう場合もあります。
最近は、ラインで簡単な言葉でやりとりしたり、言葉を省略して記号や絵文字で済ませてしまうことが多いですね。けれど、大切なことは、しっかりと伝えることが大切です。
アメリカとイランの戦争が言葉で始まり、言葉で抑制されています。
ローマ教皇フランシスコは、平和のメッセージを残しました。平和への思いはどこも共通です。
比叡山にある天台宗延暦寺からも「比叡山から発信する言葉」が発表されたと今朝の新聞に載っていました。
「一々労不借(いちいちろうふしゃく)」いちいち労をおしまず
「伝教大師最澄さまのお言葉に「己を忘れて他を利するは慈悲の極(きわみ)なり」とのみ教えがあります。
自らの労を惜しまないで人々への思いやりや労りの行いに努めることこそ、安らぎと癒し、救いへの優れた力となり尊いのです」と解説されていました。
比叡山の貫首が、ローマ教皇の平和の集いに参加され、教皇の言葉や姿勢に感銘を受け、この言葉を選んだと書かれていました。
ひとつひとつに労りの心を惜しまず、共に力を合わせていきましょう。

3学期は、次の学年の0学期と言います。ぼーっとしてたら、物事は成りません。しっかりと決意をし、言葉にし、事を成す、そんなスタートにしていきましょう

「教皇フランシスコのメッセージ」の感想

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校長クリスマス講話「教皇さまのメッセージ」の感想を生徒のみなさんからいただいています。しっかり受け止めてくれていてうれしいです。

(何のために生きるか)
・最初は、よくあるイジメについての話と思ったけど。途中からあった、生きること、考え方のことなど、色々と考えることのある話だった。この話を聞いて自分には、聖書を読む、教会に行くと言う感覚はないけれど心の拠り所があることが、大切なのだと思った。
・他人の心に関心をよせると言うことは生きている全ての人たちが大切にしなければならないけど、このことは看護師にとってとても大事なことではないかと思うのでこれから大切にしていきたいと思いました。
・何のために生きるかじゃなく、誰のために生きるかを考えなきゃ行けない
・人の心を大切に考えることができた。
・キリストの人が来ていたのは知っていたがどんなことを言っていたかは知らなかったので学習することができてよかった。
・他人を思うことが大切だと分かりました。優先順位を自分優先にするのでなく人のためと考えて行動出来れば良いなと思います。
・人に関心をもつこともして、そのうえありがたい言葉も言ってくださるなんて凄いなと思いました。
・ローマ教皇にはものすごい力があると思いました。 国民に勇気を与えるだったり、元気にするだったり教皇の笑顔や優しさにはものすごい力があると話を聞いて、動画を見て、感じました。
・人生の中で行き詰まった時や何か乗り越えなければならなくなった時に自分に問いを見いだし、誰の為に生きているのかを考えようと思いました。

(いじめについて)
・いじめという文化をやめようとしなければならない。そう思いました。
・いじめの話などがあっていじめられている人がどれだけ辛いかどれだけ悲しいかなどわかったのでいじめはやめたほうがいいと思いました
・いじめをするものが実は弱い者だと聞きとてもその通りだと思いました、誰かをいじめて上に立とうとするのはそんなことでしか上に立てたりできない弱い者だということから自分もそんなふうにはならないようにして本当の強い人に近づきたいです
・多数での少数への糾弾はどれほど小さな罵詈雑言であっても力になってたまっていくモノ。 その言葉の刃が他人の心を抉り、最悪の場合には死へと誘う事もあるため一刻も早いイジメの撲滅を願います。
・レオナルドさんのいじめの経験の話を聞いて、国が違うだけで嫌だと差別されたりしてとても辛い思いをしてきたのだと思いました。
・間違っているいことやいじめなどしてはいけないことをしている人がいたら「それは間違っている」「してはいけない」と伝えるのは当たり前という認識がされているけど、そもそもそんな状況が起きてしまっていることが当たり前じゃないと思いました。いじめに対する認識のあまさなど小さなことが原因でそれが拡大していじめにつながるんだなと思いました。いじめはどことなくウイルスに似ていると思いました。
・レオナルドさんが苦しんだいじめと差別は絶対にあってはならないものです。まだ、世界には、差別があり、それによって苦しんでいる人がたくさん居ると思います。だから、それぞれの人が他の人のために時間を割き、耳を傾けていくことが大切だと思いました。
・いじめを受けて自殺も考えたレオナルドが、イエスキリストの言葉で、勇気が持てました。 いじめはダメだけど、そんなに簡単になくならないことだけど、誰かが助けてあげると、勇気が持てることがわかった
・いじめについて話す方の話の動画が印象的でした
・国籍、性別、文化とかを理由に言ってていじめをするのは馬鹿らしいと思った
・いじめに関して親身になって話を聞いていたパパ様のような人に自分もなりたいと思った
・青年の主張を聞いて、いじめにどう立ち向かっていくのか、どう感じるべきか分かった パパ様が言っていたことは、誰もが経験からわかっていることだから、1人になった時や考える時間が出来た時に、自分の行いも周りの行いも見返して考えたい
・いじめはレオナルドさんのように学校に行くのが辛く苦しいと思っている人もいると思うので少しでも相手のことを理解できる優しい人が増えたらいいなと思いました。
・私も小学生の頃いじめられていました。いじめていた子は同じ科の先輩で入学する時は少し怖かったことを思い出しました、でも今はもういじめられていません。それは意思表示をしたからです。周りもそれは間違ってると思う、ということを一緒にいってくれたからです。校長先生の言葉を聞いて、私は正しいことを出来たんだなと感じました。どれだけしんどくてくじけそうになっても何度も立ち上がろうと思いました。
・動画の中で「いじめられていたけど、キリスト教のおかげで生きることができた」と言っているのを聞いてキリストのもつ力はすごいものだなと思いました。今度パパ様が来られた時は会ってみたいです。
・いじめの問題についての話はとてもほんとにそうだなと思うことが多くて校長先生の話であったパパ様の話がとても印象に残っています。自分の周りでも起こっていたことに似ていたから特にです。本当にいじめはやられる方も見ている方もやっている方も何にも良いことがないし誰も良い気持ちはしないのになんでいじめが起こるのか、起こってしまったらどうするのかパパ様の話を聞いて少しいじめに対する勇気が出ました。いじめは難しい問題だと思うけど立ち向かわないといけないといつまでも無くならないので改めて立ち向かう勇気が大切だと思いました。
・いじめはいけないなと思いました
・私はいじめを無くすことは不可能なことだと思いました。 でもいじめをされている人を助けることは出来ると思います。助けると言ってもいじめをしている人に同じように酷い目に合わすのではなくて、いじめられた人に寄り添い大丈夫?と人声かけるだけでもいじめられている人にとっては大きな救いだと思います。 私ももしかしたらいじめをする立場される立場にいつなるかわかりません。 でもどちらの立場に立った時もこのお話を思い出してどうすればいいのか考えたいと思いました。
・もし私がこの話をを聞いた上で、実際のいじめ現場に立ち会い声を上げたとしましょう。そしてその場では多くの人が奇跡的に私に感化され賛同し、いじめっこを弾糾したとしましょう。さて、この行いに意味はあるでしょうか。被害者はその場では救われるかもしれません。しかし明日になれば同じことです。結局、人間は変わることができません。被害者も、そして加害者までもが、その自身が生み出したレッテルから逃れられないのです。
・いじめや差別は被害者の立場にたって考えていないから起こるのだと改めて実感しました。パパ様が皆でいじめや差別をしている人を優しく注意し、被害者の方を守るという考え方は素晴らしいと思いました。しかし、それを実現するには周りの人とのつながりが必要だと思います。なのでまずは、つながりからはじめいじめや差別問題をなくしていきたいです。
・教皇様のお話が印象に残りました。フィリピン人の方のスピーチがとても心に響きました。一人一人の心がけが大切だと感じました。
・いじめられていた人の話に対して、教皇様はいじめはひとりひとりの心が変わることが必要だと言っておられて本当にその通りだと思いました。強く生きたいです。
・いじめや差別、虐待というものは昔からあるものでいくらなくそうと言われていても無くなっていません。一人一人が意識していくことがとても大切だと思いました。
・外国人だからだったり、太っているからだったりと、その人だけが違ってただけでいじめを受けるのはおかしいと思います。教皇様が仰っていたようにいじめを受ける方よりやる方が弱いのだと思いました。それが間違いだと言い合える関係を築いていきたいと思いました。
・男の子がいじめられた話をしていて、それに教皇様が応えておられてその言葉が心に響きました。歌も綺麗で感動しました。
・男の人がいじめられていて、その演説に感動しました。

(教皇様の話がよかった)
・歌がとてもいいなと思った。
・子供に丁寧に一人一人祝福を与える姿がとても印象的でした
・歌がとても良かったと思いました。感動的でした。
・パパ様がくる時のテーマを基にした歌が感動的ですごく歌詞が素敵でよかったです。
・教皇様のお話にとても感動しました。
・いい話でした。
・ためになった
・ニュースを見ていなかったので教皇さんが日本に来て言葉を発したことを初めて知りました。教皇さんは人を大事にされるかただということを言葉を聞いてから分かりました。
・パパ様の話がすごく良くて感動しました いい考えでいい人やなと思いました
・校長先生のお話というよりフランシスコさんのお話に感動しました。レオナルドさん??だけでなくたくさんの人の苦しみなどを受け止め、助言をされていてほんとにすごいなって思いました。
・差別やいじめについて話を聞けてよかった いい話だと思った
・字幕付きで分かりやすかったです。

(クリスマスに)
・歌が感動した。クリスチャンになりたいと思った。
・パパ様がとてもいい人だということがわかりました。 クリスマスというものは静かにすることなんだということが知れました。日本のクリスマスは賑わうことが普通だと思っていたのでその事を知り、本当のクリスマスは静かにしなければいけないということが分かりました。
・クリスマスはプレゼントを貰えて嬉しい感じに思っていたけど、先生の話を聞いてしっかりと果たしてそれはその為だけにあるのか、という所を考えてみおうと思いました。

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青年の集い 教皇メッセージ 2019 11 25
Protect all life

(他の人に関心を寄せる)
私たち人類家族にとって、皆が同じようになることではなく、調和と平和のうちに共存すべきことを学ぶことがどれほど必要でしょうか。友情はぐくみ他の人が抱える不安に関心を寄せ、異なる経験や見方を尊重することがどれほど必要でしょうか。

(いじめ もうやめよう)
レオナルドさん
あなたが苦しんだいじめと差別の経験を分かち合ってくれてありがとう。
あなたたちがしてくれたように心の中のものを分かち合うのは大変勇気がいることです。
学校でのいじめが本当に残酷なのは自分自身を受け入れ人生の新しい挑戦に立ち向かうための力を1番必要とするときに、
精神と自尊心が傷つけられることです。
いじめの被害者が「たやすい」標的なのだと自分を責めることも珍しくありません。
「負け組だ、弱いのだ、価値がない」そんな気持ちになり.とてつもなく辛い思いをします。
「こんな自分じゃなかったら」と。
けれども反対なのです。
いじめる側こそ本当は弱虫です。
他者を傷つけることで、自分のアイデンティティーを肯定できると考えるからです。
自分と違うとみなすや攻撃します。
違いは脅威だと思うからです。
実はいじめる人たちこそが怯えていて、見せかけの強さで装うのです。
私たち皆で、この「いじめ」の文化に対して力合わせ、ハッキリと言う必要があります。
「もうやめよう!」
学校や大人がこの悲劇を防ぐために尽くす手立てだけでは足りません。
この疫病に対して使える最良の薬は皆さんたち自身です。
皆さんの間で、友人や仲間どうして、言わなければいけません。
「絶対ダメ」「それは間違っている」
クラスメイトや友人の間でともに「立ち上がる」こと以上にいじめに対抗する強力な武器はありません。
そしてこういうのです。「あなたが知っているのは、とてもひどいことだよ」

(もっとも隅に追いやられた人 イエス)
レオナルドさんが気づかせてくれたように、イエスの生き方を見ることで、私たちは慰めを得るはずです。
イエスご自身も、侮蔑され、拒絶され、十字架につけられる意味を知っていたからです。
ある意味、イエスこそ、最も「隅に追いやられた人」であり与えるための命に満ちていた人でした。
レオナルドさん。
持っている全てのことに目を留めることもできますが、自分が与え、差し出すことができる命を見いだすこともできます。
世界はあなたを必要としています。それを決して忘れないでください。
今日、起き上がるのに手を貸してほしいと求めている多くの人に、あなたが勇気を与えられるのです。
それには、とても大切なのにあまり評価されていない長所を育むことが求められます。
それは「他者のために時間を割き、耳を傾け、共感し、理解する」と言う手腕です。
周囲よ世界を変えることができる愛に向かって進み出せるのです。
そのために時間を割かずに「時間を浮かせ」でも多くのことに時間が奪われ、1日が終わると空虚でクラクラしてしまうのです。
ですから、家族や友人のために時間をとって下さい。でもそれだけでなく、神の為にも、祈りと黙想のためにも祈ってください。そうするのが難しい時も祈りなさい。

あきらめてはいけません。
心を落ち着け、神のための時間を作り、神に認めてもらいなさい。
神はきっと、あなたを平和で満たしてくださるでしょう。

(豊かさの中にある貧困)
世界には物質的には豊かでも、比較にならないほどの孤独の奴隷となっている人がなんと多いことでしょう!
私は、繁栄した、しかし顔のない社会の中で老いも若きも多くの人が味わっている孤独のことを思います。
貧しい人々の中でも、最も貧しい人々の中で働いていたマザーテレサは、かって預言的なことを言っています。
「孤独と、愛されていないと言う思いこそが、最も恐ろしい貧困です。」
この霊的な貧困との戦いは、私たち全員に呼びかけられている挑戦であり、あなた方には特別な役割があります。
それは私たちの優先事項に大幅な変更を要求するからです。

最も重要な事は、何を手にしたか、これが手にできるかという点にあるのではなく、それを誰と共有するのか、と言う問いの中にあると知ることです。
何のために生きてるのかに焦点を当てて考えるのはそれほど大変ではありません。
問題は誰のために生きてるのかと言うことです。
物も大切ですが、人間は欠けてはならない存在です。
人間不在な私たちは人間らしさを失ない、顔も名もない存在になります。
結局はただの物、最高品でもただの物でしかないのです。

(わたしは誰のために在るのか)
シラ書にはあります。
「誠実な友は、堅固な避難所。その魂を見出せば、宝を見つけたのも同然だ」
「私は誰のためにあるのか。あなたが存在しているのは神のため」でそれは間違いありません。
ですが神はあなたに、他者のためにも存在してほしいと望んでおられます。
神はあなたの中にたくさんの性質、好み、賜物、カリスマを置かれましたが、それらはあなたのためと言うよりも、他者のためなのです」
そしてこれこそが、あなた方がこの世界に差し出すことができる、素晴らしいものなのです。
社会における友情が可能であることの証人となってください!
出会いの文化、受容、友愛、そして一人ひとりの尊厳、とりわけ、最も愛され理解されることを必要とする人の尊厳に対する敬意。それに基づいた、未来への希望です。
攻撃したり軽蔑したりすることなく、他者の物豊かさを評価することを学ぶのです。

身体的に生きるためには呼吸が必要です。それは、意識せず自動的にしている行為です。
本当の意味で充実して生きるためには、霊的な呼吸を学ぶ必要があります。
祈りと黙想を通して、心の奥深い場所で私たちに語りかける神に耳を傾けること。
また、愛と奉仕の技によって他者に関わる外的な活動も必要です。
これは内的外的な動きによって私たちは成長し、神が私たちを愛しているだけではなく私たち一人一人に使命を固有の召命を託しているのだと気づきます。
その召命は、他者に、それも具体的な人々に自分を差し出すほどにはっきりと見えてくるのです。

(自分らしさ内面の美しさ)
もう一度繰り返しますが成長するため、自分らしさ、持ち味、そして内面の美しさを知るためには、鏡を見ても仕方ありません。
様々な発明がありますが、ありがたいことに、まだ魂の自撮りカメラはありません。
幸せになるには他の人に手伝ってもらう必要があります。
写真を誰かに撮ってもらわないといけません。
つまり自分の中にこもらずに、他の人、特に最も困窮する人のもとへと出向くことです。
特にお願いしたいのは友情の手を広げて、ひどく辛い目にあって皆さんの国に避難してきた人々を受け入れることです。

(自分自身への問いを)
かって賢い教師が言っていました。知恵を得るための鍵は、正しい答えを得ることよりも正しい問いを見いだすことだと。
皆さんにも良い問いを持って自分自身に問いかけてほしいと思います。自らに問い、そしてまた他の人が、人生の意味や次世代のために問いかけていきましょう。
皆さんの夢は、黙殺したり、ぼやかしたりせず、視野を広げ、広い地平を目指し、待っている未来を見つめ、共に夢を実現する熱意を持ちましょう。
霊的な知恵をはぐくみ、この人生において、本当の幸せへの道を見つけることができるように祈ります。

POPE IN JAPAN2019
Official Theme Song Protect All Life 時のしるし

宗教講話

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校長宗教講話 2019年11月12日
【祈り】
只今、田中愛美さんの1年目の命日に対する祈りをいたしました。
3年2組では、愛美さんの月命日12日に毎月祈りをおこなっていると聞きました。
それは、「私たちは、あなたのことは忘れないよ。私たちは、あなたといっしょにいるよ。だから安心して天国で休んでいてくださいね。私たちを見守っていてくださいね。」という祈りです。
カトリック教会では、11月を死者の月と定めています。
教会では死について次のように述べています。
「親しい人との別れは、だれにとっても悲しいことです。しかしキリストを信じる者にとって死が人生の終わりに思えたとしても、新たな人生の始まりであり、目的である天国への旅立ちであることを信じているからこそ、人の死を素直に見つめ、悲しみの中にも安らぎを覚えるのです。」
「キリストは『わたしは復活であり、いのちである。わたしを信じる者はたとえ死んでも生きる』と教えられました。別離の悲しみのうちにもわたしたちは、このキリストのことばに慰めと希望を見いだします」
【受苦ということ】
今日は、「受苦」というお話をします。「受苦」とは苦しみを受けること。
昨日、何気なく新聞を見ていると、京都新聞の「天眼」(天の目)に鷲田清一さんのエッセイが載っていました。鷲田さんは、大阪大学や京都市立芸術大学の学長をされていたこともある哲学者です。
見出しは「私の宗教はコンパッションです」 「コンパッション」って何でしょうか。

続き

講堂朝礼(2)「何のために学ぶか」

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さて。「何のために勉強するのか」についてのお話をします。この3月に卒業し、韓国に1学期、語学留学をしていた谷川未来さんからのメールを紹介します。日韓関係が最悪の状態の中でこんな風に感じ、届けてくれました。 (本ブログで10月5日掲載したもの)

・・・・・・・・・・・・・・・

私の韓国での生活ももうすぐ終わりです。

 最近は日韓関係がとても悪く、ご飯屋さんにあるテレビも、街でかけるニュースも日韓関係ばかりです。地下鉄ではNOの文字のOを日の丸にして「日本に行かない」「日本の物を買わない」「日本は安倍に乗っ取られている」といった内容の反日のチラシが張りつけてあります

■タクシー乗り場で

この前、タクシーに乗ろうとした際、運転手に「何人?」と聞かれて「日本人です」と言ったら「日本人は乗るな」と言われてしまいました。私が反日行動を受けたのはそれが初めてでしたが、近くで見ていたお兄さんがタクシーに乗るフリをして車を止め、「運転手さんそれは間違っていますよ」「あなたの感情と仕事は別です、それともこの子があなたに何かしたんですか?」と言ってくれました。

しぶしぶ運転手は「どこまで?」と聞いてきましたが、気分が悪かったのでそのタクシーには乗りませんでした。反日の人がいても親日の人も沢山います。

 ■地下鉄にて

私は地下鉄では席に座らないようにしています。今日もいつも通り立っていたら、普通席に座っている年配の方が「あんたずっと立っとるから座りな!私はあと4駅で降りるから!」と言って席を譲ってくれました。でもそのおばあちゃんは、杖をついてとても4駅も立っていられる感じではありません。「私大丈夫だから座ってください」って言ったら、イントネーションが違ったので「外国人だね〜、日本?」と言われました。

この年代の方は

続き

講堂朝礼 文化祭振り返りより

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講堂朝礼で校長講話をしました。

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文化祭が終わり、新たな気持ちで学校生活を整えてほしいという願いでお話をします。ふりかえりのアンケートをみせてもらいました。292名のアンケートが返っていました。

二日間の文化祭が楽しかった。よかった。が多かったのですが、今後に生かしていくための意見を紹介します。

「文化祭の準備を進めるのが遅かったと感じました。模擬店に関しては一部の人しか活動をしていないし、いるけど遊んでいる人がいました。6時まで残って準備をしたのも数名でした。そんな状況が一週間続きました。寝る時間も惜しんで頑張ったのにそれが当たり前だと思っている人が多くて悲しかったです。化粧してる子もいたし、働いてない子もいたし、文化祭ってそんな感じなんだなって思いました。 もっと協力して欲しかったです。もう少し周りを気にして欲しかったです。 みんなが協力してくれたら楽しかっただろうなと思います」

「2日目の模擬店の服装について。ルール違反の生徒と先生方は目撃しているのにも関わらず、注意もせず、傍観者となり、ルールを違反した者勝ちだったように思います。今までの学校行事でもそうですが、生徒自身が大人になりルールを守らなければなりません。また、先生方が決めたルールをしっかり注意していかなければ、日星はもうひとつ上のステップに上がれないと思います。私は日星の一生徒にすぎませんが、私の意見で日星が少しでも変わることを祈ります。」

「文化祭って言う行事は体育祭よりもさらにクラスの絆を深められる最高の機会だと思うし、自分の役割に責任を持って行動することがどれだけ大変か、改めて実感することもできるから。」

「生徒の意見も取り入れルールを決める。決めたことはみんなでやり遂げる。」そんな学校にしたいですね。お互いに今回の振り返りを生かし、ひとつ上のステージへあがりましょう。

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文化祭で歌ってくれた大槻美奈さんからも次のようなメッセージをいただいています。

続き

「8月31日のままのあなたへ」感想(その3)

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感想3回目をお届けします。こんなふうにしっかりと自分のこととして受け止めてくれたこととてもうれしく思います。

• 休み明けはしんどいけど、楽しいことを思い出せば、自然と楽しくなる。

• 命を大切にしようと思いました。

• 学校に行きたくないという理由で死にたくないなと思いました。学校がしんどかったら自殺を考えるのではなく少し休んでリフレッシュをするなどすればいいと思います。私は頑張って学校に行きます。

• 話を聞いて、私も同じことを思っているし学校に毎日行きたくないと思いながらいるので、もう少し前向きに考えたいと思いました。

• 今日のお話を聞いて夏休みの生活から学校のある生活に戻るにはなかなか気持ちがついてこない中、僕は思い切って切り替えるようにしているけれどみんながみんな同じタイミングで切り替えることが出来ないと思うので、周りの人の事も考えて学校生活を送って行きたいと思いました。また、学校はある程度知っている人ばかりでその人の事も少しは分かっていて過ごしやすいけれど、社会に出ると色んな人が沢山集まっているので普段から周りの人の事を気にしながら過ごして行きたいです。でも、自分は自分にしかない人生を歩んでいるので悔いのないように自分自身はのびのびと自由に生きていきたいと思いました。

• 自殺は良くないと思いました

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