Noriko 学級との交流 新聞記事(2)

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舞鶴市民新聞8月4日号

Noriko 学級との交流 新聞記事(1)

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読売新聞8月1日

Noriko学級支援の募金、生徒会が市長に届け、交流

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コロナ禍でリシタンの日本語学校Noriko学級が、先生の訪問ができなくまた生徒も集まれないなどの困難で存続があやぶまれている。生徒会とこれまで交流を行ってきたインターアクトクラブが募金を行い、13万円余を31日市長に届ける。

その後、オンラインで現地と交流。ガニシェル校長や同年代の生徒たちと日本語で交流しました。

 

「リシタンは、ウズベキスタンの首都タシュケントから車で5時間余り、肥沃なフェルガナ盆地に位置する人口3万人ほどの地方都市で、ここにNoriko学級が建てられたのは1999年のことだ。コマツ重機から現地の自動車工場に出向していた大崎氏が私財を投じて設立し、奥さんの名前を冠したこの私塾は、以後20年にわたって無償で現地の子どもたちに日本語を教えてきた。しかし現在、社員だったガニシエル氏がすでに他界された大崎氏の遺志を継いでおられるが、全てをボランティアに頼る運営は無論のこと楽ではない。それに加えてこのコロナ禍にあって学級は存続の危機にあるという。

昨年夏、舞鶴市のウズベキスタン市民訪問団に同行させていただきNoriko学級を訪問した。その時はそこで学ぶ小学生から大学生までの3、40人ほどから日本語のスピーチや歌で歓迎を受けた。聞けば5千人以上がここで学び、日本に留学した生徒も百名を超える。商社や銀行など日本の企業で活躍する卒業生もいるという。しかしウズベキスタンが中国や韓国との経済的な結びつきを強める中、この若者たちのうち、いったい何人が将来も日本とかかわり続けてくれるのだろう。文化の交流や募金が全く無力だとは言わない。だが残念ながら個人の善意にだけに頼る国際交流には限界がある。

生徒たちにはぜひ交流の体験を通じて日本と自分の置かれた現状と課題に目を向けてほしいと思う。異国は常に我が身を映す鏡なのだ。もしかしたらそこに新しい交流のヒントがあるかもしれない。」(冊子「つなぐ」より)

昨年のブログをご参照ください。https://nisseihs.wordpress.com/2019/08/11/

受賞おめでとう。インターアクト部の皆さんへ 

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昨年度まで顧問として担当の堀重之先生から、受賞についてのメッセージを送っていただきました。

ご無沙汰しています。いいお知らせをありがとうございます。インターアクトのみんなが、ウズベキスタン展で、雨の中一生懸命グッズ販売してくれたり、展示してくれたり、鶴を折ってくれたり、文化祭でステージや、スライドなどで活躍してくれたり、色々頑張ってくれたおかげですね。部員へのメッセージを思いつくまま書かせてもらいます。

インターアクトの皆さん、お元気ですか?」舞鶴ユネスコ賞に選定されたとのこと。本当におめでとうございます。新聞にも、載ったのですね。少しでも、頑張ったことを見てくれている大人もいるのですね。
実は、高校生のみんなの力は、大人以上のものがあると思っています。若い人が疑問に思ったことを発言することは、世の中を動かしていくくらいの力があると思っています。日星高校の良いところは、自由にものが言える民主的なところだと思います。 続き

日星インターアクトクラブが舞鶴ユネスコ賞(新聞記事)

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この数年間のインターアクトクラブを中心としたウズベキスタンとの交流の経過を昨年度まで担当してくださっていた顧問の堀重之先生(この春本校を退職されました)がまとめて申請いただいておりました。

特進コースの生徒たちの継続した頑張りも含まれています。

ウズベキスタンの状況は、昨年、出会った高校生のアイシャさんがインスタで知らせてくれています。

「パンデミックはまだ終わっていません。検疫があり、学校と大学は機能していません。レッスンはZOOMを通じてのみオンラインで行われ、試験もオンラインで行われます。外出も禁止。車で出かけることもできません」

 

日星高校創立90周年記念行事 感謝

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90周年記念式典のまとめ

クリックしてみてください。

日星高等学校創立90周年記念行事の様子です。

皆様のおかげで90周年が、また記念行事も開催することが出来ました。