2月の聖書

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1年生の黒川祭采香さんが書いてくれました。

「人にしてもらいたいと思うことは、何でも人にしなさい」

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今日は今年最後の宗教講話です。
「人にしてもらいたいと思うことは、何でも人にもしなさい」(マタイ7-12)というイエスの言葉についてお話をします。

先生たちは、朝礼の時間に、生徒のいいとこみつけをしています。そこでの話から始めましょう。
板本先生が保健室へ灯油を運んでいたとき、通りかかったK君が、「先生お手伝いします」っていってくれたそうです。また、保健室にきていたバドミントン部の生徒が、灯油がなくなったのを見て、とりにいってくれてとても助かりました。って話してくださいました。
雪の朝、先生たちが、早く来て雪かきをしていると、いつもは朝練をやっているレスリング部のMさんが、一人でみんなの通路をあけてくれていました。そんな姿を見て、次々と生徒も手伝ってくれました。チア部の人も土曜日の練習の初めに体育館前の雪をかいてくれていました。そんな生徒が増えていくことがうれしいですね。

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教皇フランシスコ クリスマスメッセージ

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教皇フランシスコ、降誕祭メッセージ(ローマと全世界へ)(2017.12.25)

 イエスはベツレヘムでおとめマリアからお生まれになりました。その誕生は人間の意志によるものではなく、御父からの愛の贈り物でした。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠のいのちを得るためである」(ヨハネ3・16)。

今日この出来事は、時を旅する教会の中で繰り返されます。信仰に生きるキリスト者は、降誕祭の典礼において神の神秘に再びあずかります。神が来られ、わたしたちと同じ人間となられ、わたしたちを救うために小さく貧しくなられるという神秘です。そしてわたしたちの心は、御父の深い優しさへの感動で満たされます。

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サンタクロースはいるのですか?

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【宗教講話】

今日は、クリスマスにちなんでサンタクロースのお話をします。
皆さんは、サンタクロースはいると思いますか?私のところの娘も小学校の時までサンタクロースを信じていました。サンタクロースに「どうぞ飲んでください」ってジュースを置いてくれたこともありました。そして大きくなって親がプレゼントしてくれていたことが分かっても決してがっかりしていませんでした。また、自分が親になってサンタクロースの夢を続けてくれています。
みなさんも小さい妹や将来生まれる子供に「サンタクロースって本当にいるの」って聞かれたらどう答えますか?

1897年 ニューヨークに住む8歳の少女バージニア・オハンロンが「ニューヨーク・サン」という新聞に手紙を書きました。

こんにちは、しんぶんのおじさん。わたしは8才の女の子です。
じつは、ともだちがサンタクロースはいないというのです。
パパは、サンしんぶんに書いてあることならほんとうだといつも言っています。ほんとうのことを教えてください
「サンタクロースはいるのですか?」  ヴァージニア・オハンロン
真実を伝えなければならない新聞社は、この質問にどう答えたのでしょうか。

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仙台教区サポートセンターよりのクリスマスカード

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心を寄せ続けましょう。

クリスマスを迎えよう!見える準備と見えない準備を

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講堂朝礼のテーマ は待降節とクリスマス」松崎 教務・宗教部長よりのお話

教会では、クリスマス(降誕祭)の4つ前の日曜日から、クリスマスを準備する期間に入ります。カトリックでは、この期間を「待降節(アドヴェント)」と呼んでいます。

クリスマスのしるしは?
家の中、町の中 扉やかべに「アドヴェントリース」にある(?)
もみのきのような常緑樹の葉を編んで作った輪に、赤い実のついたヒイラギの葉をたくさん飾ったもの
このアドヴェンツリースを置いて、4本のろうそくを立てたら「アドヴェントクランツ」になります。

「アドヴェント」の日曜日ごとに、1本ずつ灯をつけて、4回目に、ろうそく全てに灯をともします。
こうして、少しずつクリスマスが近づいていくのをみんなで待ちます。

常緑樹も、赤い実をつけた葉も、昔から「クリスマスのしるし」でした。

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宗教講話「自分にしてほしいことを人にもしなさい」

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「それで何事でも、自分にしてもらいたいことは、他の人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。」

マタイの福音書7章12節

おはようございます。宗教講話、今日は、神様の言葉についてお話ししましょう。

土曜日には、看護科2年生の実習へ行く資格を認める「実習認定式」があり、2年5組の皆さんが、
厳粛にそしてとても立派にやり遂げました。みなさんにはそうしたやればできる力が備わっています。

先週木曜日には、松本君が報告してくれたように3年生全員が学校の近くの魚屋地区へ復旧のボランティアに出かけました。
外から見ていると見えないし、車で通ると土嚢だけが並んでいる風景しかありませんが、一歩路地を入ると、片付けられた表通りとは、全く違った光景が広がっていましたね。私もびっくりしました。

ですから、この週末にも台風接近のニュースを聞くと、これまでは、自分の所に影響がなければいいやとおもっていましたが、今日は、「あの家は大丈夫かな?」「家の中でもう寝られるようになっただろうか」 また、募金をしただけの熊本や福岡県の東峰村でも、復旧したのだろうかと気にになりますね。それが、関わるということなんだろうと想います。

自分の時間を使うというのは、自分のいのちを削るということです。勉強している自分、部活をしている自分、ただ、なんとなく生きていても、限りあるいのち。そのいのちを削って私たちは、生きています。

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